少しでも力になりたくて



◆◆◆◆◆◆



こんなに幸せでいいのかな、と、ふと考えてしまう。


「今日もありがとな、一花ちゃん」
「いえ、手嶋さんもお疲れ様でした」


十二月も半ばに入って、すっかり冬の気温になった今日もいつもと変わらずに行われる、手嶋さんとお兄ちゃんの居残り練習。それも無事に終わって、更衣室で制服に着替えてから部室に戻ると既にお兄ちゃんの姿はなく、そこにいたのは制服に着替えた手嶋さんだけだった。やっぱり今日もお兄ちゃんは着替えてすぐに帰ってしまったらしい。


「んじゃ、今日も少しゆっくりしてから帰ろっか。…一花」


手嶋さん…純太がこうやって「一花」と呼んで、二人で並んで長椅子に座った瞬間、私達はキャプテンとマネージャーから恋人同士に変わる。


「は……う、うん……純太」


純太の手作りのお弁当を貰う条件として、呼び名を変えて欲しいと彼から提案されて数日。部活中はさすがに先輩の名前を呼び捨てには出来ないから、部活の時間が終わって、二人きりになるまではお互いに今まで通りの呼び方でって事になった。
これがなかなか慣れなくて、意識していないとつい敬語を使ってしまいそうになるし、「手嶋さん」と呼びかけてしまう。何より、まだ「純太」と声に出して呼ぶのが照れ臭いし、呼んだ瞬間に私達は恋人同士なんだ…ってことを今まで以上に意識してドキドキしてしまう。
けど、嫌だって事は全然無い。いつかは私も「純太」って呼びたいなって思っていたし、「一花」って呼んでもらえるのだってすごく嬉しい。純太も言ってたけど、お互いに名前で呼び合えるのって距離が縮まった気がするし。なんて…まず私は、上手く呼べるようにならなきゃなんだけど。


「今日寒すぎだろー、外出たくねぇー…部室にいる間寒くなかったか?」
「うん、ストーブ使わせてもらってたから。大丈夫」


純太の言う通り、今日は特に寒い。あまりにも寒すぎて今日はみんなにカイロを昨日よりも多く配ったし、水仕事も辛くて少し水を使っては半泣きになりながらストーブで手を温めて…を何度も繰り返していた。


「そっか、それならよかった。あっ、手荒れとかしてないか?水仕事も大変だったろ?」


言いながら純太は私の手を取って、確かめるように見てくる。
付き合ってからもう何度もこうやって手と手を合わせているけど、ドキドキしてやっぱりなかなか慣れない。いや…きっと慣れる事なんて出来ないと思う。


「大丈夫だよ。水は冷たかったけど、あったまりながら仕事してたから」


そう言うと純太はよかった、と優しく笑う。全く心配性だなぁって思うけど、それだけ私は彼に大切にしてもらっている…っていう事なんだろう。それと同時に、甘やかされてるなぁとも感じる。

例えばこの時間。
本来なら私が乗る駅前行きのバスが来るまで待っている時間だったけど、私もロードで通学するようになった今それは不要だ。帰り支度が整ったらすぐ愛車に乗って帰れる…のだけど、正直寂しさを感じた。部活が終わった後のこの時間が唯一、純太と恋人として二人で過ごせる時間だったから。
でも人一倍練習して毎日くたくたになっている純太には少しでも早くお家でゆっくり休んでほしくて、「まだ一緒にいたい」という気持ちをぐっと堪えて「すぐに帰って大丈夫」と伝えた。だけど純太は「オレはまだ一花といたい」って言ってくれて、結局この部活終わりの二人きりの時間は継続している。
私はお兄ちゃんと違って、すぐ顔に出てしまう。きっと純太には“まだ一緒にいたい”っていう気持ちが伝わってしまったんだろう。わがままを我慢したつもりが、結局純太にわがままを聞いてもらってしまった。

それと、この間のお昼休み。私達の呼び名を変えるきっかけにもなった純太の手作りのお弁当もそう。
純太の負担をかけたくないと思っていたのに、結局お弁当作って貰っちゃったし……。そして当然ながらお弁当はすっごく美味しかった。ふとした時にあの味を思い出しては「また食べたいな」と恋しくなってしまう。そう、私は純太に心だけじゃなくて胃袋まで掴まれてしまった。きっともう私は純太から逃げ出す事なんて出来ないだろう。ううん、逃げるなんて事自体、まずしないと思う。

とにかく、彼女になったからって気を遣って欲しくない、今まで通り部活に打ち込んで欲しいと思って「私を一番にしないで欲しい」と純太に伝えた。それなのに私は結局彼に甘やかされてしまっている。
それがいやだって事はもちろん無い。無いけど……不安になる。

私ばかりが幸せなんじゃないか、純太に気を遣わせてしまっているんじゃないか…って。


「この寒さじゃ、近いうちに雪降りそうだな」
「雪……あっ、そうだ!」


純太の雪という言葉で、ある物を彼に渡したかったのを思い出した。それを傍に置いたリュックの中から探り当てて取り出す。


「これ、お弁当のお礼!この間は本当にありがとう」


リュックの中から取り出したのは、雪の結晶柄の包装紙とリボンでラッピングされた小さめの長方形の箱。それを純太に差し出すと、彼は少し驚いたのか瞬きをして見ていた。


「これ、私の好きなお店の限定のチョコなんだ。純太にも食べて欲しいなって思って」


本当なら、私も手作りでお菓子とか渡せたら…と思ったけど、確実に恩を仇で返してしまう事になってしまうからそれはやめておいた。その代わりに、よく行くお菓子屋さんのクリスマス期間限定のチョコレートを選んだ。


「礼なんていらねぇのに。けど、丁度甘いもんが食いたかったんだ。ありがとな、一花」


綺麗にラッピングされた箱は私の手から、純太の手へと移動する。良かった、受け取ってもらえて。もしかしたら「オレが勝手にやった事だから」と素直に受け取ってもらえないかも…と少しドキドキしていたから。
純太は私から受け取ったチョコの箱を楽しそうに眺めていたけど、その後丁寧にラッピングを剥がし始めた。どうやら本当に今食べたかったみたいだ。


「せっかくだしさ、一緒に食おうぜ」
「え…でもそれは純太にあげたんだよ?私はいいから」
「なら、オレがどうしようと自由だろ?オレは一花と一緒にこれを食いたいんだよ」


その理屈は確かにそうなんだけど、ちょっと横暴じゃないかな……?けど、純太がそうしたいと言うなら、それを断るなんて事出来ない。それに……私もちょっと、いや、かなりあのチョコ食べたい。実はまだあの限定チョコを食べた事がなくて気なっていたんだ。


「じゃあ…ちょっとだけ貰おうかな」


純太は満足気に笑って頷いてから、チョコの箱を開けた。その中身はクリスマス限定というに相応しく、ツリー型やサンタさん、雪だるま型などクリスマスにまつわるモチーフの可愛くデコレーションされたチョコが入っていた。


「おおー、なんか豪華だなこれ!」


チョコを見る純太の目は心なしからんらんとしているように見える。絶対にそうだと信じていたけど、彼がお菓子の見た目にテンションの上がる人でよかった。だって形も可愛いと思ったからこれを選んだのだから。


「こんなに綺麗な形してっとさ、食べちまうの勿体なくなるよな」
「わかる。なんだかもったいなくて無難な形から選んじゃうかも」
「はは、それわかるわー。オレも普通の四角いやつから選んじまうわ。けど今はせっかくだし、このツリーのやつもらっていい?」


どうぞ、と頷くと純太はこの箱の中で一番目立っているツリー型のチョコを摘んだ。それに続くように私も雪だるま型のチョコを取った。


「そっか、もうすぐクリスマスか。一年って結構はえーよな」


ツリーのチョコを眺めながら、純太はしみじみと言う。それから何か考えているのか、「うーん」と小さな声で言っていたのを私は聞き逃さなかった。


「…どうかしたの?」
「ああ…一花は初めてだったな、ウチのクリスマス。毎年イブの日は練習終わった後にちょっとしたパーティーをやるんだよ」
「パーティー…?」
「まぁパーティーっつってもプレゼント交換とかは無いし、ほんとただみんなで寿司とかケーキ食うだけなんだけどな。何かと忙しくて準備しなきゃいけねーのすっかり忘れてたなー…ってさ」


やべーやべー、と純太は苦笑いを浮かべながらも手にしていたツリーの天辺を齧った。私も雪だるまの頭を齧りながら、申し訳ない気持ちに駆られる。
今はオフシーズンでレースとか大きな予定が無いとはいえ、練習が無くなるわけじゃなくてまだまだ何かとキャプテンの仕事は多い。私もできる事はお手伝いしているけど、ちょっとした事ばかりで純太の手助けが出来ているのかはわからない。
そんな忙しい中でお弁当を作ってもらったり、こうして一緒の時間を作ってもらったり……私は嬉しいけど、純太の負担になってしまっていないかとやっぱり不安になる。


「ん、美味いなこれ!練習後の体にすげー沁みるわ」
「よかった!ここのチョコ、ずっと純太にも食べてほしいって思ってたから」
「一花が好きって言った理由がよくわかったよ。いやーこれ何も考えないでいたら一気に食っちまってるわ」
 

気に入ってもらえてよかったと安心したけどその直後に理解してしまった。私がこのチョコが好きだって言ったから、だから純太は「一緒に食べよう」って言ったのか。私が好きなお店の物だから、私にも食べさせようとしてくれたんだ…本当に私は純太に甘やかされてばかりだ。
私も彼にお返しがしたい。プレゼントとかじゃなくて、行動とか…それこそ一つ二つでも純太のお仕事を肩代わりとかして、彼の負担を少しでも減らしたい。


「ねぇ…クリスマスの準備って、具体的には何を用意するの?」
「殆ど食べ物と飲み物だけだな。去年は寿司は出前にして、ケーキは駅前まで買いに行ったっけな。あとはクリスマスっぽい飾りが少しあるといいかもな。それと…」
「それと?」
「今年は可愛い女子マネもいるし、サンタの衣装も欲しくなるな」
「…!」


にっこりとした笑顔で「可愛い」と言われたのがちょっぴり恥ずかしくてつい顔を逸らしてしまった。さらっとそんな事を言えてしまうのは純太のずるいところだと思う。


「あーけど、一花のサンタ姿を他のヤツにも見せる事になるのはちょっとな……」
「じゃあ純太が着るのは?私純太のサンタ姿見たいな」
「いやぁオレが着たってただのギャグだろー?っつーかどっちにしろ衣装なんて買えるほど、予算ねぇしな」


純太のサンタ姿すごく見たかったけど、予算の都合があるなら仕方ないか…それより何か特別な物を用意しなくちゃいけない訳じゃなさそうだし、これなら私でもなんとか出来そうだ。


「クリスマスの準備、私に任せてくれないかな?」
「そりゃ助かるけど、一花にはこの間も部活紹介の記事任せちまったし、他にも色々細かいの頼んじまってたろ?いいのか?」
「もちろんだよ。それだってマネージャーの仕事だし…何より、ちょっとでも純太の負担を減らしたいから」
「……わかった。んじゃあお願いするよ、一花」



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