もっと幸せ増えますように。



◆◆◆◆◆◆


「あけましておめでとう、一花。今年もよろしくな!」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくね!」


この挨拶から始まった新年1日目の今日は、来れる部員たちだけで午前中から学校近くの神社へ初詣に行く予定になっている。けどその前に、どうしても一花と二人きりになる時間が欲しかったオレは我儘を言って彼女とは少し早めに待ち合わせをした。早起きがあまり得意じゃないと言っていたし、ダメ元の誘いだったが一花も『私も少しだけ二人になれないかなって思ってた』と返事をくれた。
こうしてほんの一時間…いや、一時間もないくらいの短いデートを今は堪能している。
といってもさすが元旦、神社は境内へ続く鳥居の外まで参拝者で溢れていて、まず神社の中に入るのも一苦労だ。


「一花、大丈夫か?」
「うん、大丈夫!」


人混みに埋もれて逸れないよう、一花と手を強く握ったまま人の波に流されていく。そういえば夏祭りの時もこんな感じだったか。あの時もこんな風に人がすごくて、一花と逸れないように気をつけて……あの頃は手を繋げるほどの関係じゃなかったんだよなと思い出して、ついぎゅっと繋いだ手に視線を落とす。


「大丈夫だよ、絶対に離さないから」


ちゃんと手を握っているか心配していると思われたのだろうか。へへっ、と無邪気な笑顔を向けられる。そんな一花の首元にはオレがクリスマスに贈った手編みの白いスヌードが巻かれている。渡す前は重くね?とか色々考えて、本当に渡すべきなのか躊躇ったりもしたけどこうして身に付けてくれている姿を見ると安心すると同時に、自画自賛だがよく似合ってるなと思う。


「お参り、なんてしようか。一花はもう決まってる?」
「うん。去年の暮れから決めてる」
「暮れから?随分はえーな。何お願いするつもりだよ」
「…今年のインターハイ、みんなが悔いのない走りをできますように…って」


すんなり教えてくれた事も意外だったが、それよりも内容の方が意外だと思った。普通なら『今年も優勝できますように』と願いそうだし、オレもやっぱそれを願おうかと考え始めていたところだった。


「優勝できますように、じゃないんだな?」


うん!と頷いた一花からは優勝を期待していないという感じは一切感じられなかった。


「私はみんなが神頼みじゃなくて、実力で優勝できるって信じてるから!けど、当日まで何があるかわからないのがレースでしょ。実力じゃどうしようもない事もあるじゃない?天気とか、体調とか、さ……そんな事で悔いの残る走りをして欲しくないんだ。みんなが最後はちゃんと全力を出し切って、それで優勝して欲しいって思ってる」


なんてね、と一花はにっこりと笑う。
本当に一花らしい、と思うと同時に脳裏に過ぎるレース中の不慮の事故でゴールも出来ず、その上ロードレースを続けられなくなって悔しかったと涙を流していた彼女の姿。その経験があるからこその願いなのかと思うと胸の奥がぎゅっと何かに鷲掴みにされたような感覚になる。


「…そうだな。どんな結果になったとしても、オレも悔いの残る走りだけはしたくねぇな。自分の持ってる全部…いや、それ以上を出し切る走りをしたいと思ってるよ」
「必殺技だもんね、純太の」
「そうそう。無理はオレの必殺技…ってな」
「その必殺技、ちょっと心配だけど…純太らしくてかっこいいと思う」


にこりと笑いながら繋いだ手に力を込めてくる一花に、「全然かっこよくねぇよ」なんて笑いながら彼女の手をぎゅっと握り返す。


「それにしてもやっぱり人すごいね。お参りはみんなと合流してからにした方がいいかな?」
「そだな。これじゃあいつらとの待ち合わせ時間間に合わねーだろうし、途中で逸れて出店巡りでもするか?」
「さんせー!お腹すいた!」


言うと思った、と笑えば一花もちょっぴり照れくさそうに笑う。
間も無くして出店が立ち並ぶ道へと続く脇道が見えてきて、参道を歩く参拝客の波を半ば無理やり横切って一花と出店巡りを開始する。


「けど、二人だけで先に色々食ってたってバレたらちょい面倒だな」
「あ…確かに。考えてなかった!」


これでも一応、一花との関係は青八木以外の部員には秘密にしておきたいと思っている。色々聞かれたり茶化されたりしそうで面倒だというのもあるが、一番はキャプテンとしてのけじめというか、メンツを保ちたい為。


「ここは軽くにして、あとはあいつらと合流してからにしようぜ」
「んんー…!しょうがないかあ。今は我慢する…!」
「おお、えらいえらい。とりあえずなんかあったかいもん欲しいな。さみー…」


一花と繋いだ手はあったかいけど、それ以外は上着を羽織っていても寒い。一花も同じく寒そうにしていたのでとりあえず甘酒を買って、あとは目についた大判焼きを買って比較的人の少ない道の端に寄った。


「一花何にしたんだっけ?」
「チーズ!純太はチョコだっけ?」
「ん。一口食うか?これ美味いぞ」
「いいの?…あ……でも…」
「ん?」


俯いた一花の顔を首を傾げて見れば、ほんのりと赤くなっていた。そこでふと目に入る自分の齧った大判焼き。


「あ!わりぃ!食べかけはさすがに嫌だったよな?」

ごめん、と謝れば顔の赤いままの一花が「ちがうの!」と顔を上げた。一瞬視線が合ったかと思えば、すぐに「えっと…」と口ごもりながら視線を右へ左へと泳がせ始める。


「食べかけが嫌とかじゃなくて……その、か、間接キス…になっちゃうって……」
「……」


言葉尻がどんどん小さくなって、最後にはもごもごと口篭って微かにしか聞き取れない一花の言葉に、オレは一拍置いてからぶはっと吹き出した。


「なんだよそんな事気にしてたのかよ。…しただろ?この間。間接じゃねーやつ」


この間のクリスマスの夜。確かにオレと一花はお互いに初めてのキスをかわした。その事実をちょっと意地悪く言えば、一花の顔はあっという間に耳まで真っ赤になる。オレも恥ずかしくないわけじゃないけど、一花のこの可愛い反応を見れるなら安いもんだ。


「そ、そうだけど…っ!それはそれで……っ!!あーもう!純太から食べて!」


はいっ!と必死に照れ隠しをしようとしているのか、ヤケになったのか、今にも煙を出しそうなほど赤くなった一花から彼女の食べていたチーズ入りの大判焼きが目の前に突き出される。


「お、いいの?んじゃ遠慮なく」


目の前の大判焼きを一口齧るとチーズのまろやかな味が口の中に広がる。
咀嚼しながら一花の顔を見ると相変わらず耳まで真っ赤だった。


「ん、チーズもうまいな!ほら、こっちも食えよ」


一花の目の前に大判焼きを出す。けど恥ずかしがっているのか彼女はなかなか齧り付かない…と思っていると一花の口があーんと大きく開けられて、オレの大判焼きに食らいついた。


「おわ!!一口がでけぇよ!」
「むぐ……だって!純太意地悪なんだもん!」
「別に事実を言っただけで意地悪してないだろー?」
「それが恥ずかしいんだもん!!意地悪!」
「じゃあそっちもう一口くれよ!」


大判焼きを持つ一花の手を掴んで自分の口に運べば、「あー!やっぱいじわる!」とまるで子供のような声をあげる。というか、間違いなく今のこのやりとりが子供っぽいだろう。もしここに青八木がいたらなんて言うか──


「二人して小学生か…」


そうそう。こうちょっと呆れ気味に言ってくるに違いない。頭の中でやたら鮮明に再生されたもんだから、まるでこの場にいるみたいだ。


「って…青八木!」


頭の中で再生されていたと思っていた声は、オレたちを呆れ気味に見ている青八木から発せられていた。どこからこの子供っぽいやり取りを見られていたのかはわからないが、それより青八木がいるということはもう部員達との待ち合わせの時間なのかと一花と焦って時間を確認するとまだ10分ほど余裕があった。


「なんで早くきたの?お兄ちゃんもお腹すいたの?」
「違う。お前達二人が先に待ち合わせ場所にいたら疑われかねないだろ」
「あー…確かに。やべえそこまで考えてなかったわ…」


青八木の言う通り、オレと一花が二人で先に待ち合わせ場所にいたら勘繰られて面倒なことになりそうだ。特に鳴子とか、案外こういうことに鋭そうだし。
青八木がいてくれれば兄妹そろって来たと思ってもらえるだろう。…まさか、そこまで考えがいきつかないほど浮かれていたなんて。


「ごめんお兄ちゃん。そこまで考えてなかったよ…ありがとう」
「わりぃ青八木。オレもちぃと浮かれすぎてたわ…ははは」
「…別に。気にしなくていい」


フッと口元を持ち上げながら言った青八木の目は、『幸せそうで何よりだ』と語っていた。




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