きみが、大好きです



◆◆◆◆◆◆


「……もう充分、純太にはわがまま聞いてもらってるよ」


きっと純太は気が付いてない。本当は付き合う前から、私は純太にわがままを聞いてもらっていたんだ。それも、直接言葉にはしていないすごくズルい方法で。
最もらしい事を言いながら、本当は下心があった自分のこれまでの私から彼への言葉が一つずつ頭に浮かんでは罪悪感になって胸の奥をぎゅっと締め付けていく。


「え…?何言ってんだよ、そんなに言ってないだろ」
「ううん。本当はね、結構わがまましてたんだよ」


純太は困ったような顔をしながら微かに首を傾げた。その表情で、今のこのやり取りは彼を困らせてしまっているのだと気付いて、胸の中に沸き始めた罪悪感が更に強く込み上げてくる。


「…例えば、いつもの居残り練習。あれ手伝わせて欲しいって私が言った時の事、覚えてる?」
「ああ。よく覚えてるよ。オレの力になりたいって言ってくれたの、すげー嬉しかったからさ」


開く口が重たく感じる。まるで悪い事をしでかしてしまったのを親に打ち明ける時のような気分で、純太の優しい笑顔に余計ぎゅっと胸が締め付けられた。大好きな笑顔だけど、今は罪悪感で少し苦しくなる。


「……純太の力になりたいって思ったのは本当だよ。純太の走りをもっと見ていたい、応援したいと思ったのも。……けどね、それと同じくらい、純太と長く一緒にいたいって下心もあって……」


あの時純太はボロボロになるまで練習していたって言うのに、私はこんな事を思っていただなんて打ち明けたらどんな事を言われるか、怒られるんじゃないか、好きでいてもらえなくなってしまうんじゃないか……と、怖くて繋いだ手を解いて純太から逃げたくなってしまう。だけどそんな恐怖と矛盾するように、こんなわがままでズルい私でも純太なら受け入れてくれるんじゃないかって、そんな期待もあって。


「………独り占めさせてほしいって…思ってた」


若干息が詰まるような感覚になりながらも言葉を絞り出す。直後に一層強まる罪悪感と恐怖に耐え切れなくて思わず視線を足元に落とした。
こんな事言わなければ、きっと私はただ熱心に選手をサポートしたいマネージャーでいられたんだろう。なのに口にしたのは、純太にはもっと私の事を知って欲しいと思ってしまったからで。


「……一花…」


相変わらず純太の表情を見ることは出来なかったけど、声色でちょっと驚いているのはわかる。幻滅されちゃったかな…と胸がちくりと痛むけど、それでもやっぱり、伝えたい。


「私の事故の話も、純太には…純太だけには、聞いて欲しいって思った。それから、お兄ちゃんと喧嘩した時も、純太なら私達の間に入ってなんとかしてくれるかもしれない…って、そんな事ばっかり思ってた」


言いながらふと純太の手と繋がれた自分の手を見る。今はまだしっかりと繋がれているけど、この後もしかしたら離れていってしまうかもしれない。


「他にも色々…口に出してなかったけど、純太にはたくさんわがまま聞いてもらってたんだよ。……実はこの髪飾りもね、そうなんだ」


純太と繋いでいない方の手で髪に付けた髪飾りに触れた。文化祭の時に純太に選んでもらって、買ってもらった星の髪飾り。学校を出る時はそんな事なかったのに、今は外の冷たい空気のおかげで金具の部分がすっかり冷たくなってしまっている。


「文化祭のとき、どれがいいか迷ってる、なんて言ったけど…嘘だったんだ。最初から純太に選んでほしいって思ってた」


あの時、私は純太に髪飾りを選ぶお手伝いをお願いしたけど、本当は迷ってなんていなかった。あのアクセサリーショップの模擬店に行くと決めた時から、「手嶋さんに何か選んでもらおう」と思ってた。けど、それを直球で伝えられるほど私に度胸はなくて、こんなズルい手を使ってしまった。


「…ね?結構わがままでしょ、私」


つい作り笑いを浮かべながら、思い切って純太の顔を見上げる。数分ぶりに見た彼は驚いたような顔をしていた。この後どんな反応されるかちょっとだけ…いや、かなり怖い。やっぱり言わなきゃ良かったなあ、なんて後悔が込み上げてくる。


「……ははっ」


純太はおかしそうに声を上げながらくしゃりと笑った。それと同時に、繋がれた手にぎゅっと力が込められた。


「まさか、オレと同じような事考えてたなんてな」
「え…?」
「一花が居残り練習付き合ってくれる事になった時、オレすげー浮かれてたんだぜ?一花ちゃんのこと、独り占めできる…ってさ」
「そう…なの?」


きっと今の私は、さっきまで純太が私に向けていたであろう顔と同じ顔をしているんだろう。そんな私をよそに、純太は「それだけじゃねぇよ」と続ける。


「一花が現役だった頃の事もさ、踏み込むべきじゃないって思ってたけど…本当は知りたいって思ってたし、青八木との喧嘩の事だって、オレがなんとかしたいって思ってたよ。とにかく……その、さ」


純太はそこから先は言いにくいのか、口ごもりながら頭を掻いた。少ししてからまた私に視線が向けられた時、ちょっぴり頬が赤くなっているように見えた。


「一花の支えになりたいってのと……今思えば、特別になりたい、っつー下心があったよ」


それと、と続けながら純太は徐に手を私の頭に伸ばしてきた。その手の先を視線で追うとそれは髪飾りに触れているようだった。


「この髪飾りを選んだ時だってそうだよ。一花に似合うって思ったから選んだのはもちろんだけどさ、オレの好きな星を一花にも付けて欲しいって…そう思った」
「気が付かなかったよ…そんな事思ってたなんて」
「そんだけじゃなくてさ……一花がそれ付けてくれたら、その……一花の一番側にいるのはオレなんだ…ってさ、思える気がしてさ」


「なんてさ」って、声をあげて純太は笑っている。けど、私の手を握る手が少しだけ熱くなったのはきっと気のせいじゃない。純太の顔は、さっきよりも赤みを帯びていたから。
こうやって笑うのは多分純太の照れ隠しなんだろう。きっと今純太は、さっきまでの私と同じなのかもしれない。自分が何を考えていたのかを話したらどんな反応されるのかが怖くて、でも聞いて欲しくて。


「…なんだ。純太も同じようなこと、考えてたんだね」
「だろ?」


つい笑いをこぼすと、純太も釣られたように笑ってくれる。今度は照れ隠しのような笑顔じゃない、いつもの私の大好きな…ちょっぴり幼く見える眩しい笑顔。


「…一花」
「ん?なに?」
「オレは…一花の事が好きだよ。…多分、一花が思っているよりもずっと」


突然優しい声で言われる「好き」はずるいと思う。ただでさえまだ「好き」って何度言われたってなれないのに、こんな優しい声で、しかも手を握りながらなんて。なのに、驚きとか色々な物が混じって動けずにいる私にお構いなしなのか、純太は私の頭を優しく撫でてくる。


「さっきも言ったけどさ、オレにして欲しい事とか、他にももっと言って欲しいんだ。それで一花が喜んでくれたらオレもすげー嬉しいし」
「純太……」
「オレはもっと一花の事知りたいんだ。何が好きとか、どんな場所が好きなのかとか……そんで今よりももっと一花のこと、好きになりたいんだ」


こんな事を平然と言えてしまう純太はやっぱりずるいなって思う。いや、案外平然とじゃないのかも。繋がれた純太の手がさっきよりも熱く感じる。もしかしたら勇気を出して言ってくれたのかもしれない…そう思ったら胸の奥がぎゅっとなって、純太のことがどうしようもなく愛おしい、そんな気持ちで頭のてっぺんから足の爪先まで、全身が支配されたような感覚になった。


「私も……もっと純太のこと知りたい。純太のしたいこと、好きなこと、苦手な物だって…なんでも知りたい。それで今よりももっと純太のこと、好きになりたい。それと……」


さっきまでの私だったら、ここから先のことは絶対に言い出せなかっただろう。純太が私を知りたいと言ってくれたから、私と同じ気持ちでいてくれたと話してくれたから。
繋がれた手をぎゅっと握り返して、ドキドキとさっきよりもずっとうるさい鼓動を無視して、言葉を発する。


「純太にも私のこと、知って欲しい。それで……もっと私のこと、好きになってほしい」


もっと好きになって欲しい、なんてすごいわがままだなって口に出した後で思う。今まで私が純太にしたわがままの中で間違いなく一番だ。それなのに純太は嬉しそうに笑ってくれていた。


「そのわがまま、聞かないわけにはいかねーな。それに…オレも、一花にもっと好きって思ってほしい」
「うん…!私も純太のそのわがまま、叶えたい」


自然と口角が上がって、へへっと笑い声が出てしまった。けどそれは純太も同じようで、くしゃりと笑っていた。きっと今私達は同じ表情をしているのだろう。なんだかお揃いみたいで嬉しい。


「っつーか、振り返ってみたらオレ相当重いな…まだ付き合ってないのにアクセとかさ。手作りのスヌードもやっぱやりすぎたか……?」
「でも、私のこと、その……好き、って思いながら選んでくれたんだよね?すっごく嬉しいし、それに…私も同じだよ」


純太はどういう事かと言いたげに首を傾げている。繋いでいた手を名残惜しいけど一度離してから、私は自分のカバンの中に手を入れて、手探りで目当ての物を探し当てるとそれを純太に差し出した。


「私からのクリスマスプレゼント、受け取ってくれる?」


カバンの中から取り出したのは煌びやかなリボンの付いたクリスマス柄の袋。この中身は純太がくれた手作りのスヌードに比べたら全然大した事ないかもしれないけど、純太に喜んで欲しいと思って数日間悩んで選んだ物。


「受け取るに決まってんだろー?ありがとな、一花」


プレゼントの包みは私の手から純太の手へと移る。
「開けていい?」と聞いた純太に頷いて、彼が包みを開ける様子を見守った。


「お、ネックウォーマーだ!丁度そろそろ欲しいなって思ってたんだ。かなり使いやすそうだし、スゲー嬉しいよ」


マジサンキューな、と私が贈ったネックウォーマーを片手に喜んでくれている純太の満面の笑顔を見て、喜んでくれてよかったと胸を撫で下ろした。
あまり高価な物は買えなかったけど、その中でも出来るだけ練習の邪魔にならない薄手の生地で、さらに保温性の高い物を選んだ。探すのはなかなか大変だったけど、純太に喜んで欲しい、少しでも練習の助けになれたら……そう思うとむしろその大変さも楽しく思えた。

それに…純太がこれを、私が選んで贈った物を着けて走ってくれたら……私が一番近くで純太の事を支えられているのだと、改めてそう思える。


「何より…これ着けて走ったら一花に応援して貰えてんだなって改めて実感できそうだし、一花が誰よりも支えてくれてんのはオレなんだーって思える…なんて、やっぱ重いか?」
「重い…とかはよくわかんないけど、私も同じ事を考えてたよ。純太の事をもっと応援したい、私が一番純太の事を近くで支えてるんだって思いながら、それを選んだんだ」
「そっか。じゃあ平気だな」


そうだね、なんて二人で笑い合って。純太が同じ事を考えてくれていて、本当によかった。それに、彼の言う通り…私は自分で思っていた以上に純太に好きでいてもらえていたということが、すごくすごく嬉しい。ちょっぴり恥ずかしさもあるけれど。


「改めて言わせてくれ、一花。オレは一花の事が大好きだよ。いつも健気で頑張り屋で、優しくて…あったかい一花の事が」
「私も…いつも直向きで誰よりも一生懸命で、かっこよくて…いつも私に力をくれる純太の事が、大好き」

にっこりと笑った純太の顔が耳まで赤くなっているように見えるのは、ちょうど赤色に光りだしたツリーのイルミネーションのせいなのか…それとも、私と同じように照れ臭くて顔が熱いせいなのかな。
そんな事を考えていたら、不意に体が引き寄せられてふわりと顔を掠める柔らかい純太の髪。突然抱き寄せられたことに驚いて「純太」と名前を呼んでみるけど、返ってきたのは返事でもなく、回された腕に力が込められたのを感じただけ。
そして、耳元で囁くように言われた言葉に…ただでさえバクバクとうるさかった私の心臓は跳ね上がるようにして更に心拍数を上げた。


『…キス、してもいいか?』


きっと今の私の顔はひどいものだろう。そんな顔を至近距離で大好きな人に見られるなんてとても恥ずかしくて耐えられそうにないけど……多分、今の純太も、というかきっと純太の方が恥ずかしい顔をしているかもしれない。耳元から聞こえたセリフはかっこいい物だったけど、声は震えていてかっこいいとはお世辞にも言えるものではなかったから。
きっと勇気を振り絞って口にしてくれたんだろう…そう思うと愛しさが込み上げてきてやっぱり大好きだなあと胸の中がいっぱいになるようだった。

純太の服をきゅっと掴みながら、うん、と頷けば微かに離れる体と、視界いっぱいに映る純太の顔。ああやっぱり。今の純太の顔は真っ赤になっているし、すごく緊張しているのも一目瞭然だ。そんな彼がやっぱり愛おしいと強く感じながら、私はゆっくりと目を伏せた。

それから少し経ってから、唇に柔らかい感触を感じた。



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