唐揚げは全てを知っていた





「唐揚げ、初めて作ってみたんだけど…どうかな?」
「…焦げてんネ」
「う…そ、それは初めてだからさ、大目に見てよ…次は頑張るからさ!」
「ま、味は悪くないんじゃナイ?…次、期待しといてやんヨ」
「うん!靖友に完璧な唐揚げ、絶対食べさせてあげるからね!」


まだ付き合ったばかりの高校生時代、初めて靖友に好物の唐揚げを作ってあげた日の夢を見た。この日から私は家族にも呆れられる程ひたすら唐揚げ作りを練習したっけ。その甲斐あって今では一番の得意料理になって、靖友に一言も文句を言わせずに「美味い」と言わせた日は飛んで喜んだっけ。…今では、美味いとも文句も言ってくれなくなってしまったけど。

あの頃に戻りたい。まだ靖友の事が純粋に大好きで、下らない事で笑い合ったり、喧嘩もしたけどすぐ仲直りして、ずっと一緒にいたあの頃に。



「!!」


がばっと飛び起きたと同時に、頭にガンガンと痛みが響いて思わず両手で頭を抑えた。朧げだけど昨日の事は覚えている。合コンに行って、そこで知り合った男に薬を盛られて……それからの事は覚えてないけど、想像はつく。
ああ…ほんっと最悪だ。こういう時どうしたらいいんだろう、とりあえず警察に行かなくちゃ──


「起きたァ?」


私はまだ夢を見ているんだろうか。だって耳に入ってきたその声は、紛れもなく靖友の声で。
それだけじゃない、今私がいるのは靖友のアパートだし、靖友のベッドの上だ。そういえば記憶がなくなる直前に靖友の声を聞いた気がする。


「なんで…靖友、」


一体何が起きたのかと、どうして私は靖友の家にいるのかと聞こうと口を開いたけれどそれより先に「このバカ!!」という靖友の怒声がキーンと耳に響いた。お酒のせいなのか盛られた薬のせいなのか知らないけど、頭がガンガンしてるんだからやめてほしい。


「何知らねェヤツに連れ込まれそうになってんだヨ!!このバァカ!!」
「う……」


間違いなく付き合ってから今までで一番声量のある「このバァカ」だ。とにかく頭と耳が痛い。まだ夢の中にいるんじゃないかと思っていたけどこの痛みが間違いなく現実なんだと教えてくれる。
という事は私は、あの男には何もされてない……?連れ込まれそうになってたって靖友が知ってるって事は、やっぱりあの時聞いた声は本物の靖友だったって事だろうか。
それを確認したいのに、靖友はひたすら私をマシンガンに怒鳴りつけてくる。浮かれすぎだろ、危機感無さすぎんだよ、そしてまた「バァカ!」と怒鳴られる。


「大体合コンなんか行ってんじゃねーヨ!!」
「は…?勝手にしろって言ったのは靖友でしょ!?」


今まで浴びせられていた言葉は全て本当の事だから言い返さずにいたけど、これにはさすがにカチンときた。そりゃ終わりかけだったけど彼氏がいるのに合コンなんて行った私が悪かったかもしれない、だけどちゃんと行くって言ったし、勝手にしろと言ったのは靖友だ。


「マジで行くとは思わなかったンだよ!!彼氏いンのに行くかよフツー!!」
「…それは…そう、だけど。っていうか大体、私達もう別れたでしょ。靖友にとやかく言われる筋合いない」


靖友から目を逸らした。じわりと滲んできた今にも溢れそうな涙を彼に見せたくなかった。行ってほしくないなら止めてくれればよかったのに。私がバカだったとわかってはいるけど、そしたらこんなことにだってならなかったし、靖友と別れるなんて事も口走らなかったのに……今更そんな事言うなんてズルいにも程がある。


「ったく…勝手すぎかよ」
「……」


勝手にしろと言ったり勝手すぎると言ったり、一体どっちだ。靖友だって勝手じゃないかと思ったけど言い返すのももう億劫で、靖友から目を背けたまま黙っていた。
本当は嬉しいのに。私を多分守ってくれた事も、目が覚めたら側に居てくれた事も。素直に安心した、靖友がいてくれてよかった、怖かった、ごめんねと泣きつければいいのに……。
また一層滲んでくる涙をこっそりと指で拭ったその時、ぎしりとベッドが沈んだ。多分靖友がこっちに移動してきたんだろう。


「名前、こっち向け」
「……」
「オイ」
「………」


無視を続けていると、呆れたようなため息が聞こえた。やっと諦めたかと思ったのも束の間、靖友に顔を掴まれて無理矢理顔を向けさせられた先で彼の鋭い目と視線がかち合った。


「ちったァオレの話聞け」


むぎゅ、とほっぺたを潰されて少し痛い。一応被害者なんだからもう少し労って優しくしてくれたっていいんじゃないか、と文句を言いたいところだけど大人しく靖友の言葉を待った。


「……唐揚げ」
「ふぁ?」


ぼそりと呟かれたのは拍子抜けするようなその一言で、ほっぺたを潰されたまま思わず声を上げてしまった。だって唐揚げって何!?どんな真面目な話をしてくれるのかと思ったら唐揚げ…!?


「スーパーの唐揚げェ、味はしねぇししおしおでよ、不味ぃんだヨ」
「…だ、だから…?」


少しだけ力の緩んだ靖友の手から顔を抜いて、続きを待つけど恥ずかしいのか私から視線を逸らしてなかなか話してくれない。つい急かしてしまいそうだけど、ここで急かしたらまたキレられるんだろうなと思ったので黙って待つ事にした。


「……名前の作る唐揚げが、一番うめぇンだヨ。だから…もっとオレに作ってくれヨ」


靖友がそんな事を言ってくれたのは初めてだった。カップルとして全盛期だった頃は美味いと褒めてくれる事はあったけど、私の作る唐揚げが一番だなんて事は初めて聞いた。胸がきゅっと締め付けられて、思わず声を上げてしまいそうなくらいに嬉しい。靖友のために唐揚げをひたすら極めてきてよかったなあって思う。好物の唐揚げならなんだっていいのかなって思って、最近ちょっと適当に作っていた事が申し訳ないな…。
けど、その言葉が別れ話とどう結び付くっていうの。


「ねぇ…私の価値って唐揚げだけなの?」
「ち、ちげーヨ!アー…なんつーか……、ッ、分かれヨ!!」
「逆ギレ!?」
「してネーヨ!」


それから靖友は「アー…」と声を上げて、何やら言いにくそうにしていた。私の視線から逃げるように目を逸して、だけどしっかり私の顔はホールドしたまま。一体何なんだこの状況は、と何とも言えない気持ちになりながらも何か私に伝えようとしている靖友の言葉を大人しく待った。


「……オレには、名前が必要なんだヨ」


長い事視線を泳がせて漸く葉を紡いだ靖友の声は小さいし震えているし、顔は見た事ないくらいに真っ赤ですごく恥ずかしそうなのが伝わってきた。彼と一緒にいて数年目にして初めてこんなに照れている姿を見た。それに、この言葉も。照れ臭そうに好きだと言ってくれる事はたまにあったけど、必要だなんて言われたのは初めてだ。ずるいよ、こんな自分の浅はかさとか後悔に打ちのめされて、私はやっぱり靖友が大事だったんだって気が付いた今こんな事言うなんて。


「オレは、お前と別れてェなんざ思ってネェヨ」
「やす、とも…」


小さく低い声で言った後、靖友は私の顔を掴んでいた手を頭に回してぐいっと胸に抱き寄せてきた。まるで私に顔を見られたくなくて、隠すみたいに。こうして抱き締められるのは一体いつ振りだろう。聞こえる鼓動は少し早いし、伝わってくる体温もこんなに高くなかった気がする。だけど私の後頭部を撫でる彼の細くて筋張ったゴツゴツした大きい手も、普段は言葉遣いも態度も荒いのに、それに似合わず壊れ物を扱うみたいに優しく抱き締めてくれる力加減も変わらない。
忘れてた訳じゃないけど、私はこうして靖友に抱き締めてもらうのが大好きだった。恥ずかしがり屋の彼がこうしてくれる事は少なかったけど、それも靖友らしいと思っていた。


「めんどクセェ女だし、ウッセェし勝手な女だけどヨ…あの時、他のヤローなんざに渡したくねェって……気付いた」
「…それ、悪口ばっかじゃん、バカ友」
「ッセ、バァカ」


ああ、もう。本当に狡い。バカ、なんて言われたけど声色はすごく優しくて、胸に熱くて少しきゅっと苦しい感覚が込み上げてきて堪えていた涙がとうとうつぅ、っと頬を滑り落ちる感触を感じる。


「…ほんとは私も、靖友と別れたく無い」


涙のせいで声が震えてしまっている。泣いてると面倒くさいと思われそうで嫌だったけど、こんな状況なんだから仕方ないよね。
私も靖友の背中にしがみつくように手を回せば、まるで小さな子供をあやすみたいにポンポンと頭を叩かれる。


「あの時、靖友が来てくれてすっごく安心した…目が覚めたら靖友が側にいてくれた事も、嬉しかった…!」


あの場にどうして靖友が居たのかとか、あれから何がどうなったのかとかは、一先ず後回しだ。靖友が折角素直になってくれたんだから、私も彼に本当の気持ちを素直にぶつける事の方が先だ。


「目つき悪いし、言葉使いも乱暴だし、怒鳴るし、素直じゃないけど…靖友じゃなきゃ嫌だって、あの時気付いた」
「…ハッ、ひでェ言われようだな」
「そんなの、お互い様でしょ」


そんな言葉とは裏腹に、背中に回されている腕の力が強まった。まるでもう離したくない、そう言いたそうに。だから私も靖友の背中に回した腕に力を込めて、ぐりぐりと肩口に頭を押し付けた。やっぱり靖友じゃないと嫌だよ、そんな想いを込めて。


「……もう勝手に離れようとすンな」


小さい声だったけど、私の耳にしっかりと届いたその言葉と真っ直ぐに私の目を射抜いてくる鋭い目にどくんと心臓が跳ねて、きゅっと胸が苦しくなるような感覚。靖友にこんなドキドキするなんて一体いつぶりだろう。
こくんと頷けば、まるで噛み付かれるように、けど優しく唇を重ねられた。

素直じゃなくて、勝手な私達はこれからもたくさん喧嘩するし、すれ違いもするだろうけど…きっと大丈夫。だって私には靖友が必要で、靖友には私が必要なんだから。

また靖友の為に唐揚げ、極めよう。







「そういえば、何であの時助けに来てくれたの?」
「ア!?アー…ソレは、アレだヨ……た、たまたまだ」
「たまたまであんなタイミングよく来る?」
「ッセェ!!たまたまッつったらたまたまなんだヨ!!」


靖友はそれ以上何も言わなかったけど、後日人伝に聞いた話じゃ私の特に仲の良い子を中心に合コンの事を聞いて回っていたらしい。「他の男の方がいいっつーならそれでいい」…まるで捨てられた犬みたいな顔でそんな事をボソリと言ってたとも。
それから合コンであの男に連れて行かれそうになっていた私を助け出してくれた時は、ものすごくかっこよかったんだとか。
意識のない私を男から奪って抱えたまま、男の顔面に寸止めのパンチを繰り出してこう言っていたらしい。


『コイツはオメーみてェなクソ野郎なんかにだけは渡さねェヨ』


そう言ってからまた怒声を浴びせて、男は血相を変えて逃げたとかなんとか。
靖友にビビるあの男とかすっごい見たかったし、私を守ってくれる靖友絶対かっこよかったじゃないか。どうしてその時私は気を失っていたんだろう、頑張ってもう少し意識を保ってればよかったのに…!!




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