街T


【クローバーの塔領地内】


帽子屋屋敷を出てクローバーの塔へ進んでいく。少し早めにあそこを出たのは、クローバーの塔の市街地は久しぶりで、色々と見て回りながら行こうと思ったからだ。



(こんな店もありましたね.......この店は初めて見ました....)



ふと顔を前に向けると、緑が多いクローバーの塔の周辺にしてはやけに目に付く赤色がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。



「あれー?もしかして、名前?」


「...アースさん。お久しぶりです」


「あははは。エースだけど。久しぶり!」



爽やかな笑顔を浮かべながら挨拶をするのは、ハートの城の軍事責任者である騎士、エース。

極度の方向音痴で、神出鬼没な彼はいつもこの爽やかな笑みを浮かべているが、その裏には何を隠しているのか、全然読み取ることが出来ないので、運び屋は少し苦手な相手だった。



「名前、今日も迷ってるの?」


「...どこをどう見たら迷ってるように見えるんですか?」


「だってそっちはクローバーの塔だ。君の領地じゃない」



エースがスタスタと近づいてきたので、掴まれそうになった手を払い退けた。



「今から仕事でクローバーの塔に行くんです」


「ダメダメ。名前は迷子にならなきゃいけないんだ。だから目的地(ゴール)につくなんて絶対許されないことだぜ?」



手を払いのけたというのに、カラカラと笑いながらそう言う。相変わらず何を言っているのか理解が出来ない人だ。



「てことで、俺と旅に行こうぜ!」


「...は?」


「目的地(ゴール)がないのが旅だもんな!」



今度こそガッチリと手首を掴まれる。
振りほどこうと思ってもさすが騎士、力が強い。



「離してください!アースさん!」


「ダメ。.....離したら、名前、どっかに行っちゃうでしょ?」



エースに腕を引かれ、抱きしめられる形になる。通行人の多いこんな所で抱きしめられるなんて、とんだ醜態だ。



「あなたは俺に迷って欲しいのか、何処にも行って欲しくないのか、どっちなんですか....っ!」



必死に抜け出そうと身体をよじる。



「うーん....難しいこと聞くね....」



エースは少し迷ってから、うん、と頷いた。



「迷って、迷って、最終的には俺にすがりついて欲しいかな」


「....迷っているのにあなたを頼るなんて、そんなことはしませんよ」


「えー?俺は騎士だぜ?困ってる人を助けるのも騎士の務めだろ?」



運び屋の冷たい返事にもカラカラと笑いながら返す。



「....俺は旅にも行きませんし、真っ直ぐ仕事に行きます。その手を離してくれませんか?」


「.....」



エースの顔から笑みが消えた。赤い瞳には何も映っておらず、空虚なそれが静かにこちらを見つめていた。

ギチギチと身体が圧迫される。



「.....」


運び屋は何となく察した様で、ため息を1つついてから、空いている手でエースの頭を撫でた。突然の行為に驚いたのか、エースが目を見開く。



「俺は仕事以外の時は運び屋屋敷にいます。目的地(ゴール)がない時や見つからない時は、そこを目的地(ゴール)に旅をして下さい。
........俺は、そこにいますから」


「名前...」



エースの手首を掴む手が緩んだ。その隙を狙って距離を取る。



「だから、あなたもいっぱい迷って、悩んでいいですよ。俺があなたの目的地(ゴール)である限り、あなたを待ち続けていますから」



呆然と立ち尽くすエースに頭を下げ、背を向けてその場から立ち去る。角を曲がるときにチラとエースを見たが、こちらを見つめるだけで追ってくる様子は無かった。



「〜〜〜〜〜っ、名前には適わないよなあ....」



だから、自分の纏っているコートに負けないほど、エースが顔を真っ赤にしていたとは知りもしなかったのだ。




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