三月 恋する在校生と愛する卒業生

 一年生の頃から風紀委員会に所属し、三年生への進級と共に風紀委員長となり、今までにないほどの厳格さでその職務を全うしてきた。当然、一部の生徒には煙たがれ、嫌がらせをされることもあった。だというのに、卒業式の日を迎えた諸葛誕の元には同級生や下級生が集まり、言葉を交わしていく者や一緒に写真を撮りたいと希望する者が後を絶たない。激情家の諸葛誕は、三年間学んだ学び舎から離れるという事実だけでなく、自らを慕ってくれる者たちがこれほどまでにいるという事実に感激し、涙を流しながら皆に対応していた。
「本来なら、在校生は自主的に手伝いを申し出てくれた者以外は休みだというのに……!」
 同じく別れを惜しむ在校生達に囲まれた司馬師と共に、帰路につくタイミングを失いながらも、笑顔で対応する。事実、二人とも喜びで感無量となっていた。
 だが、諸葛誕は無意識に、在校生達の中に人を探してしまっていた。そして、その顔はどれだけ探しても見当たらない。またどこか、人のいない場所で泣いているのかもしれないと気がかりではあるが、探しに行くこともできない。
「どうした、諸葛誕? 何を探している?」
 司馬師の質問に、諸葛誕が言いよどむ。せめてと思い級友を探すと、近くで二人の手が空くのを待っていた王基が自ら声をかけてくれた。
「あの、王基殿……今日は、白露殿は……学校には、来られていないのですか?」
「朝から見ていないな。俺より先に出かけたか、まだ寝ていたんじゃないのか?」
 小さく礼を告げて、悩む。今から校内を探すべきだろうか? だが、学友達との最後の時間を過ごしたい気持ちもある。在校生達の対応が終わった今、一先ずメッセージアプリでメッセージだけを残して司馬師や王基と友人らしい会話を楽しもうと考えたところ、既に白露からのメッセージが届いていた事に気付いた。
『食堂でパン食べながら待ってます。一緒に帰れないんなら、諦めて帰るんで連絡下さい』
 いつものクルミあんパンを食べている姿を想像してしまい、思わず笑みがこぼれる。挨拶が終わり次第、すぐに向かう旨のメッセージを取り急ぎ送信する。司馬師と王基にはここで別れると告げ、司馬師がボートレーサーとなった時、諸葛誕が騎手としてデビューする時、全員が成人した時、王基が大学を卒業した時には是非再会したいと熱っぽく語り、後ろ髪を引かれる思いで、諸葛誕はその場を立ち去った。

「思ったより早かったですね、先輩」
 在校生の手伝いとして参加していたのか、白露は制服姿でコロッケパンを食べていた。
「今日、放課後限定パンなかったんですよ」
 朝一で学校に来て手伝い、卒業式の後片付けが終わる頃には昼飯時をとっくに過ぎていたらしい。遅い昼食らしい惣菜パンを頬張りながら、やっと人心地がついたようなため息をつく。
「先輩は、お昼ご飯食べました?」
 そう言えば、クラスメート達の中にこのまま皆で昼食に行くと言っていた者も大勢いた。改めて問われると、途端に空腹を意識してしまう。すると、白露は真顔のままピザトーストを差し出した。
「はい、二個めパンのお礼です。半年経って、ついに返せました」
 やっと、白露が小さく笑う。諸葛誕は食堂の席につき、ありがたくピザトーストを受け取り、頬張る。
「まだ、そのような事を気にしていたとは。義理堅い事は結構だが、あまり負担をかけたくはないものだな」
「だって、公休先輩とあの人の別れを邪魔しちゃうことになりますから。気を使いますよ」
 食べていたピザトーストを吹き出しそうになり、必死にこらえる。慌てた顔で諸葛誕が白露の顔を見ると、相変わらず無表情のままだが、小さく肩をすくめていた。
「……先輩、顔に出やすいですし。お話を聞いていればわかりますよ、そりゃ。良いんですか、司馬師先輩と一緒に帰らなくても」
「白露殿こそ、王基殿と帰られなくて構わないのですか?」
 諸葛誕が面食らう。
 白露がわずかに眉をひそめる。
「別に、お兄ちゃんとはいつでも家で会えるから。わざわざ一緒に帰らなくても」
「私と司馬師殿は友人だ、いつでも連絡は取れる。実際、先程再会を約束してきた」
 二人の言葉が被り、どちらからともなく笑い出す。
「私が、公休先輩と帰るって選んだんだから」
「私が、白露殿との帰宅を選んだのですから」
 再び、言葉が重なる。二人で見つめあい、破顔し、声を出して笑い合った。

 ***

 どうしても、先輩と行きたい場所がある。学校帰りの寄り道は禁止だという諸葛誕に対して、白露は頑なに主張をした。卒業したと言っても制服姿で、既に役割を終えたとはいえ風紀委員長だ。そう主張する諸葛誕に対して、今日の白露は一歩も譲らない。一度帰宅してからという諸葛誕に対しても、お互い制服でないと意味が無いのだと言い続けた。
「別に、変なところには寄らないから! いつもの通学路にあるコンビニに寄るだけ、そこだけでいいから!」
 天命館のそばには学生で賑わうコンビニがあった。学園から非常に便利な立地で、通学途中に昼食を買う生徒、忘れてきた文房具を買う生徒で賑わい、生徒達には校外にある売店のような扱いを受けていた。本当にそのコンビニへ寄るだけなら、特別に目を瞑ろうと諸葛誕が思う程度には、生徒にとって親しみ深い店舗であった。
 渋々ではあるが申し出を了承した諸葛誕を見て、白露は安堵のため息を漏らす。正直、諸葛誕はこれまでの白露を思い起こし、別れを惜しんで寝込みかねないと思っていた。だが、現在までの様子ではいたって普通、むしろ三学期に入ってからの、別れを恐れていた白露より落ち着いているようにも見えた。まるで、今日を最後に二年間離れ離れになる実感が沸かないほどに、普段通りの白露に見えたのだ。

 白露が指定したコンビニにはあっという間に着く。卒業式が終わって時間が経つからか、平日の帰宅時よりずっと空いているようだった。店に入ろうとする諸葛誕の腕を取り白露が入ったのは、店の駐車場にある証明写真機だった。
「……一緒に、写真撮りたいって、言ってたじゃないですか。公休先輩の制服姿なんて、今日が最後ですから」
 寂しそうに笑いながら、二人では少し窮屈な証明写真機にお金を投入し、白露が言う。本来、証明写真機はこのような使い方をするものではないと、今までの諸葛誕なら言っていただろう。だが制服姿でゲームセンターへ行く訳にも行かず、あれだけバレンタインでは諸葛誕の風紀委員長としての立場を立てた白露が必死に考えた、今日の最適解がこれなのだろう。そう思うと、既に風紀委員長ではない事を、既に高校生ではない事を、諸葛誕は自らに言い聞かせた。
「先輩、撮りますよー! ここのカメラで撮るんで、ここ見てくださいね。あ、無理に笑わなくていいです。先輩らしい表情でいいから。じゃ、じっとここ見てー。準備いいですか?」
 カメラを指差し、白露が笑う。諸葛誕は言われた通りにカメラを凝視しながらも、睨み過ぎないように、だが無理に笑顔を作らぬようにと努める。証明写真機のカウントダウンが始まり、撮影のフラッシュと共に、諸葛誕の頬へ白露の唇が触れた。
 時が止まる。驚いた諸葛誕が思わず白露を見ると、笑顔を浮かべたまま涙を零していた。
「ご、ごめんな、さい……! だって、キスしたいって、言っても……せ、先輩、絶対断るから! でも、もう二年間会えないから、最後、だからって……我慢、できなくって」
 証明写真機から写真が出てくる。少しだけぎこちない笑顔で正面を向いている諸葛誕の頬に、白露が口付けをしている写真が。
「だ、だめですか……? これ、大切に持ってちゃ、二年間、この写真を見るたびに、先輩はきっと迎えに来てくれるって、思っちゃだめですか……?」
 諸葛誕が写真を手に撮る。写真に写った白露は、まだ涙を流していない。目を閉じたその顔は、幸せそうにほほえんでいるように見えた。
「……あなたにそのような顔をされて、私が怒れるはずがないだろうに。私も半分、貰って構わないだろうか?」
 涙を振り払うように、白露が何度も頷く。小さな子を慰めるように、諸葛誕が白露の背をさすり、抱きしめることを堪えながら頭を撫でる。
「怒ってなどいない。むしろ、その……気付けなくて、すまなかった。一緒に写真を撮りたいと言っていた私の言葉を、覚えてくれたのだな。なんとありがたい事か」
 まだ泣き止まず、白露がぼろぼろと泣きながら何度も頷く。
「私、頑張るから……二年間、また頑張るから。だから、お願い。絶対、私の卒業式には、迎えに来て……先輩の事、信じてるから」
 諸葛誕がさらに白露の頭を撫でる。きっと迎えに来ると言いながら。信じてほしいと言いながら。そして、白露が高校を卒業し、諸葛誕自ら後ろめたい気持ちが一切なく、口付けができる時を夢見るように待ちながら。


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