十二月 甘える彼女と甘やかす彼氏

 真っ白なブレザーの上にコートを着た生徒が増えると、天命館の登下校風景はずいぶん印象が変わってしまう。指定のコートがないため生徒が思い思いのコートを着ている校門前は、他の季節には見られないカラフルな光景だった。
「やっぱり、公休先輩って社会人みたいなコートなんですね。イメージ通り過ぎて、新鮮さにかけるなー。いやその、嫌なわけじゃなくて! ……えっと、あの、すごく……似合ってて、嫌いじゃな……ん、格好いいと、思う」
 紺色のダッフルコートを羽織り、チェックのマフラーを軽く首に巻いた白露が、黒いチェスターコートを律儀に着込んだ諸葛誕を見つめ、消え入りそうな言葉尻と共に赤面してうつむく。だが、繋いだ手は決して離さない。
「あの、先輩に相談したいことがあるんですけど、校内だと話しにくくて。駅前の喫茶店とか、寄って帰りませんか。……ダメですかね?」
 諸葛誕が風紀委員長であり、自他共に大変厳格な考えの持ち主だと知っているからか、白露の語尾は消え入りそうなほど小さなものだった。
諸葛誕も口調から気持ちを察してか、少々困った様子で、子供に言い聞かせるような穏やかさで、風紀委員長らしい返事を返す。
「そうだな、放課後は寄り道をせず、帰宅すべきだ。だが、うむ……。一度、帰宅してから待ち合わせをする事に関しては、高校生の規範からよほど逸脱しない限りは、我々風紀委員が口出しするべきことではないな」
 そう話す諸葛誕は、どこか怯えているようにも見えた。三年間も校則を厳しく守り続けた彼のことだ、規則を指摘する事で疎まれ、攻撃された過去があるのかもしれない。だが、白露は諸葛誕の言葉に笑顔で頷いた。
「えっと、じゃあ定期で行ける範囲だと、あの乗換駅とか駅前が栄えているし、先輩が不便じゃなければ、そこでお願いできますか? 今日、用事とか大丈夫でした?」
 諸葛誕の指摘どおりに、白露は寄り道をせずに帰宅しての待ち合わせをあっさりと笑顔で受け入れてしまった。少しはにかんでただ一言、やっぱり先輩らしいなと、嬉しそうにころころと笑いながら。
「そ、そうか。いや、もしこれで……面倒だ、そこまでしたくない、などと言われたらと、少し不安だったのだが。私は、よく校則を守ろうとする事が堅苦しいなどと言われることが多くてだな。私は、堅いつもりはないのだが」
「そうですね、公休先輩らしいですよね。先輩って、風紀委員長である事を誇りに思っているでしょう?」
 諸葛誕が驚いたように白露を見る。どうやら白露の指摘は図星だったようだ。
「だって、風紀委員のお仕事をしている時の先輩って、司馬師先輩やお兄ちゃんと一緒にいる時くらい、生き生きしてますよ。だから、好きなんだろうなって。なんていうのかな……決まりを守ることが、落ち着くんだろうなって」
「鬱陶しいと、思うことはないか?」
 再び諸葛誕が不安げにたずねるが、白露は笑顔のままで首をかしげる。
「なんで、好きな人が幸せそうに、楽しそうにしているところを、鬱陶しいと思わなくちゃいけないんですか? 変なの」
 言いながら、白露が突然なにかに気付いたように赤面し、泣き出しそうな顔をする。言葉に気付いた諸葛誕も、釣られて赤面する。
「……好きな人、ですか」
「そ、そこ繰り返さないでよ!」
 口に出してから気がついた、普段は出さない、出せない気持ちを隠すように、両手で諸葛誕の胸板を叩く。子供がじゃれるような、力の抜けた打擲音が周囲に響く。
「……本当に、こんな堅苦しい私でもいいのですか?」
「もー! 何度も聞かないでよ、言わせないでよ! なんで、そういうこと聞くかなぁ……」
 叩いていた腕を止め、白露は諸葛誕の胸板に顔を埋めてしまう。
「……だから、そういうところも、その、先輩らしくて大好きだから、いいの」
 小さく呟く白露に対して、諸葛誕は制服姿の帰宅途中では抱きしめることも叶わず、ただ優しく頭を撫でることしかできなかった。

 ***

 今日の為に、色々な雑誌へ目を通した。より喜んでもらえるプレゼントを選べるようにとファッション誌を買い漁り、より美味しい食事で笑顔になって欲しくてグルメ雑誌を読み込んだ。予約すべきか悩んだが、デートの予定日はクリスマスも過ぎた年末の平日だ。本人の希望を当日に聞けばより良いだろうと考え予約しなかったが、候補にした店は混雑していないだろうかと気になり、何度も検索をしてしまった。服に変なシワや汚れはないだろうかと気になり、予め用意した服を何度も何度も確認し、気付けばいつもの半分も眠れなかった気がする。なにも、変わったことをするつもりはないというのに。実際、諸葛誕は決して背伸びをするつもりはなかった。ただ、学生らしい贈り物をして、学生らしい店で食事をして、学生らしいデートをしたかった。毎日のように手を繋いで帰っているというのに、校外で待ち合わせて私服で会う事もあるはずなのに、クリスマス時期に日程を合わせ、二人きりでデートをするのだという事実が、諸葛誕を緊張させ、高揚させていた。

「公休先輩、冬の私服もオジサンっぽいですね。まぁ上品で似合ってますけど」
 待ち合わせ場所で先に待っていた白露は、冬休み前と変わらず歯に絹着せぬ物言いをする。だが彼女が人見知りをする人間だと、素直な褒め言葉が苦手な人間だと知っている諸葛誕には、まるで子猫が噛み付いて甘えているように感じられてしまい、思わず笑みがこぼれた。
「ふふ、いつも学校で着ているコートと同じのを着てきてくれるかなって、少し期待してました。先輩のそのコート、嫌いじゃないんで」
 そう言いながら、白露が包みを取り出す。
「きっと公休先輩の服に比べれば安物ですけど……デザインは、ちゃんと合うと思うんです。スヌードを着けたら、そのコートって少し雰囲気が変わりそうって前から思ってて。だって先輩、スラッとした体型で私服はスキニーだし、首周りにボリューム出したらどうかなって」
 照れてしまわないように努めているのか、少しぶっきらぼうさはあるものの、顔を真っ赤にしてはにかみながら白露が照れて、話す。
 
 終業式を迎える前、いつものように手を繋いで下校をしている時に白露が提案した『校内では話しにくい相談』は、クリスマスにデートがしたいというものだった。だがクリスマスイヴは丁度終業式の日で、生徒会の仕事も立て込んでいた。親類の多い諸葛誕は、家の用事も多い。結局、クリスマス当日も避けて年末の平日に、二人で会うこととなった。放課後に待ち合わせをして会う事自体も大変に珍しいというのに、学校のない日に、ただ二人で会うことだけを一日の予定とする。強がりで素直になれない白露から見ても、潔癖で自分にも他人にも厳しい諸葛誕から見ても、お互いにずいぶんと影響し合い、変わったのだろうと思えるイベントだった。

 待ち合わせ場所で出会ったばかりだというのに、諸葛誕は出会い頭のプレゼントに感じ入ってしまったらしい。差し出されたプレゼントを受け取ることも忘れ、思わず白露を抱き締める。今日は制服でもなく、学校帰りでもないという気持ち故の開放感だろうか。気付けばあの初夏の日に、図書室で諸葛誕が白露を抱きしめて以来の事だった。だが今回は、白露も諸葛誕の腕の中で、穏やかに目を瞑り、大人しく幸せそうに佇む。わずかな後、お互いに満足したように、どちらともなくはにかみあいながら身を離した。
 プレゼントを受け取りながら諸葛誕が腕時計を確認すると、時間は丁度遅めのランチ時。お互い昼食は食べてこないように約束していた。
「私、ファミレスがいいです」
 女性が喜ぶようなおしゃれなランチを調べてきた諸葛誕にとっては少し拍子抜けするような白露の希望に、変な気を使わせてはないだろうかと諸葛誕が心配する。少し拗ねたような顔で白露が話したのは、諸葛誕にとって予想通りの理由と、予想外の理由の二つだった。
「だって、先輩にパンのお礼も、公休くん……ぬいぐるみのお礼も、まだできてないから。今日の食事代は先輩が出すって言ってたし、あんまり高いお店だと申し訳なくて。それに、その、ファミレスの方がゆっくりおしゃべりできて、のんびりできるじゃないですか……だって、あんまり公休先輩とゆっくり話す機会なんてないし。普段、下校中に話してばっかりで」
 二人でゆっくり話をしたいと言われたことは、諸葛誕としても大変に嬉しいことだった。だが、まだ白露が遠慮をしていたという事実に、諸葛誕の胸がわずかにざわつく。
「あの日、あなたはずっと手を握っていてくれたではないか。それに、こうしてそばで笑っていてくれるだけで充分で、礼が欲しいなど考えたこともなかった。義理堅いことは美徳なのだろうが、どうか気にせず、私に甘えて欲しい」
 わずかに赤面しつつ困った顔で、白露が悩み始める。義理を通すべきか、諸葛誕の言葉に甘えるべきか、葛藤する。しばらくの後に、諸葛誕を見つめてほほえみ、何かを決意したように小さく頷いた。
「じゃあ、今日だけでも頑張って、その、一生懸命、あまえ……ます、ね」
 白露の言葉に、諸葛誕が満足げに笑いかける。ねぎらうように頭をなでて、言い聞かせるように語りかける。
「……ああ、ありがとう。ワガママを言ってすまないな。なら、先にクリスマスプレゼントを買わせてはくれないか?」
 あなたの意にそう物に選びたくてな、当日一緒に買うのが一番だろうと考えた。
 そう言いながら、諸葛誕が白露に貰ったスヌードを嬉しそうに身に着ける。色目もコートに合っており、全体のシルエットを変えることで印象もずいぶんと変わるが、全体を見た時に浮くことはないデザインだった。
「こんな素敵なプレゼントをもらった後で、お返しを待たせるのも心許ない。何が欲しい? 遠慮なく言ってくれ」
「なら、なんでもいいからアクセサリーとか……身につけるものかな、公休先輩が卒業しても、私のそばにいてくれてるって思えるような、ペアアクセ……あれ、ごめん、ごめんなさい、とま、らない」
 幸せそうにほほえんでいたはずの白露が、突然ポロポロと泣き出す。人の視線から彼女を守るよう諸葛誕が咄嗟に抱き締めるが、人の視線から守られた事で、より押さえがきかずに涙を溢れさせてしまう。
「ご、ごめん……なさい、そうだよね、卒業したら、全寮制の学校だって……もう、見守ってくれない、よね……無理、言っちゃダメなのに……」
「大丈夫だ、無理じゃない。私が騎手になったら、きっと迎えに来る。約束しただろう? 白露殿の卒業式にはきっと迎えに来ると。どうか、信じてはくれないか。あなたを泣かせるような事はしない、きっと守ってみせる。……ああ、そうだな」
 諸葛誕がコートの内ポケットから小さな包みを取り出す。店の名前もない、クラフト紙の小さな包みだった。その梱包もシワがあり、あまり手馴れていない者が包んだことが見て取れる。
「あまり、ファッションには明るくないので、今の白露殿の服に合うかどうか不安だが……文化祭で、手芸部が売っていたブレスレットだ。ブレスレットなら、指輪などと違ってサイズも関係ないかと思ってな。その、一緒に過ごした最後の学校行事の思い出にならないだろうか? 風紀委員の詰所の近くに出店していた手芸部の屋台でこのブレスレットを見かけた時に、白露殿の言葉を思い出してしまってだな」
 白露が包みを受け取り開封すると、中にはさざれ石をふんだんに使った、華奢なデザインの手作りブレスレットが入っていた。
「先輩って……あまり、アクセとか無頓着そうだったのに、これ、すごく可愛い。ちょっとだけ、意外かも」
 まだわずかに嗚咽しながらも、白露は嬉しそうに、幸せそうに、ブレスレットを光にかざす。さざれ石が光を乱反射し、輝いていた。
 今日の服にも、合うと思う。そう言いながらブレスレットを身に着けた時には、既に泣き止み照れ臭そうに笑っていた。
「さ、最近ね……怖くて、その、三月が、卒業式が怖くて。公休先輩と会えなくなるんだって、褒めてくれる人が、私のことを見てくれる人がいなくなるんだって、思うことがあって。一緒の時に泣いたりして、その、ごめんなさい」
「構わんよ。何より、一人の時では力になれないが、こうして一緒にいる時ならば、助けることができるからな。だが、どうすれば信じてもらえるのか……。先程話していたお揃いのアクセサリーで、少しは信じられるか?」
 もう言葉にもならないらしく、白露が諸葛誕の腕に抱きつき、小さく、何度も頷いた。
「いや、……先に食事にしよう。人間、空腹だと嫌なことを考えてしまうものだ」
 再び、白露が小さく、何度も頷いた。


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