いじらしい貴女

 熟れた果実の如く見事に頬を赤く染めあげた女官と、小さく囁きあいながら真っ赤な彼女を支えるよう両脇に立つ女官二人の三人組が、星雨の執務室へ顔を出した。特に面識もなく恨みや感謝を買う覚えもない三人の女官の訪問に戸惑いながらも、時間をもて余していた星雨は少し楽しげに、突然の非日常に興味を持ち彼女達が自ら口を開くのを精一杯の人懐こい作り笑いで待っていた。
「……あの、星雨様は女性なのに読み書きか出来ると聞いております!」
 想像外の質問に、星雨は奇妙な違和感を、胸のざわつきを感じた。僅かに心をざわつかせながらも肯定の意を示す。ただそれだけの返事で安心する年上の彼女達は、色恋沙汰に興味のない星雨にすら先程感じた違和感をも気にならなくなるほど愛らしく思えてしまう程、初々しく微笑んでいた。
「実は、その……意中の、殿方にですね。て、手紙で気持ちを綴りたいの、ですが……。私は、読み書きがわからなくて。ですが、他の殿方に頼むのも、怖くて。あのっ、だから、私にっ」
「いいですよ、それくらい。仰るままに私が書きますので、それを見てご自身で写してみる、というのは如何ですか? ご自身で書かれた方が、手紙に気持ちが籠るかと」
 緊張する相手のたどたどしい言葉を思わず遮ってしまった星雨の返事で、三人の女官は顔を見合せ、ことさらに安心の笑顔を浮かべる。はにかむ真ん中の女官へ、我が事のように喜ぶ両脇の女官達が歓声をあげる。彼女達の喜び様は、もはや真新しい刺激への興味が失せた星雨が、早く終わらせて再び一人になりたいという思いのままに紙を用意していたはずが、この煩わしさをどこか心地よく感じてしまう程の幸せそうなものだった。
 星雨に促され、女官が伝えたい内容を口に出す。全く飾り気がない訳ではない、だが洗練されてもいない、いかにも『素のまま』な女官の恋心を、星雨がそのまま紙に書き写す。後は相手の名を書き、見本として女官本人が再び新たな紙に写すのみ。
「……ふぁ?」
 相手の名を聞き、星雨が手をすっぽ抜け落ちていく矢のような、力ない声をあげる。
「え、ええ……諸葛誕、様に」
 女官が今まで以上に顔を赤らめ、頬を手で押さえて相手の名を星雨に告げる。星雨の気の抜けた声を、疑問か何かだと受け取ったのだろう。
 趣味が悪い。喉からこみ上げ、口から出そうになった声を必死に飲み込んで、彼の名を一息に書き上げる。普段はなんとも思わず口にしていた名を、ことさら丁寧に、見易いように手紙へと書きながら、星雨の手はいつしかじっとりと汗ばんでいた。
 書き終えた手紙を見つめ、書かれた単語一つ一つの読みを星雨に問いながら、熱のこもったため息をこぼし、女官が更に愛らしく照れる。先程以上に頬を染め上げ、何かに酔っているように瞳を蕩けさせる。宛名をうっとりと見つめ、指先でなぞる姿などは、恋する乙女という表現が見事に当てはまる。慣れない手つきで筆を握り、必死に書き写す姿も、いじらしい。そして、彼女を応援する連れの女官達も、心の底から彼女の恋路を応援しているのだという事が、端で見ているだけでひしひしと伝わってくる。
「……勿体ない」
 もし彼女達に、星雨と諸葛誕の関係を話したら信じるだろうか? これほど純粋な乙女は諸葛誕には勿体ない。先程までとは異なる、心から噴き出す薄汚れた感情を出さぬようにする星雨が、自身にすら聞こえない程の小声で吐き出した。

 ***

 先日とは打って変わった重い足音が、星雨の執務室に近付いてくる。軽やかに弾んでいた女官三人の足音とはとは全く違う重苦しい足音の主は、怒気を孕んだ勢いのまま声も掛けずに執務室の扉を開ける。
「もう少し静かに開けてよ、壊れたら困るから」
 星雨は扉の方へ目もくれず、来客へ声を投げる。まるで、誰がなぜ来たのかを既に把握しているように。
「星雨殿! 貴女は……貴女は一体、どういうつもりでこんな事をなさったのです!」
 怒り心頭の来客――諸葛誕が、星雨の肩を掴み振り向かせる。やっと見せた星雨の顔は、諸葛誕が想像していたようないつもの落ち着きも意地悪な笑顔もなく、ばつが悪そうに唇を尖らせ、子供のように拗ね、決して目を合わせようとしない。
「この手紙の訳を聞けば、貴女が懇切丁寧に、親身に助けてくれたと女官達が言いました。なぜですか、よりによって貴女が、他ならない貴女がなぜ!」
 諸葛誕が星雨の目の前へ差し出したのは、星雨にとって身に覚えしかないあの手紙だった。相変わらず視線を合わせようともしない星雨がぶつぶつと呟く言葉が、意味を持ち諸葛誕にも聞こえる程度の音量になる。
「……だって、渡す相手とか聞く前に受けちゃったし。相手を聞いてから断るのも、なんか気まずいし、信じてもらえないかもしれないし、そもそも恥ずかしいし」
 再び消え入りそうに星雨の声が徐々に小さくなり、途切れた。そして、意を決したように諸葛誕へ真っ直ぐと向けられた目は鋭く、だが目尻にはうっすらと涙が光っている。
「大体、公休殿が悪いの! あんなかわいくて、いじらしい女官を袖にするような、公休殿が悪趣味なのが一番悪いもん! 私、何も悪くないもん!」
「なら、もし私が彼女を選んでも、貴女はその判断を怒っても下さらないのですか?」
「勝手にすればいいでしょ! どうせ私はかわいくも、いじらしくもないもん!」
「既に怒っているではないですか! そもそも、貴女が可愛らしくもないだの、いじらしくもないだの……勝手に決め付けないでいただきたい!」
 片手に掴んでいた手紙をいつの間にしまったのか、諸葛誕が両手で星雨の両肩を乱暴に掴んで顔を覗く。諸葛誕以外には決して見せない、感情を剥き出しにした表情で星雨は怒っているにも関わらず、その両方の目から止めどなく涙を流していた。
「私がどれだけ貴女への愛を伝えても、貴女は信じて下さらないのですか?」
 まるで幼子へ言い聞かせるような、打って変わった穏やかさで、一言一言丁寧に、諸葛誕が星雨へ語りかける。それでも泣き止まずに小さく首を横へ振っていた星雨を、諸葛誕が抱き締め、背を撫でながら、優しい声で囁き始めた。まるで子供を慰めるような口調で、幾度も閨で囁いた言葉を。


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