日々の糧と積み重ね

 いつも気難しそうな顔をしているにも関わらず、民の前では柔らかく頬を緩めて気さくに話す。そんな諸葛誕の様子は、おおよそ為政者らしくはないのだろう。民から率先して話し掛けてくる事も多く、宮城ではそのような彼を見下す者も少なからずいる。だが、今の星雨の眼前に広がる光景には、諸葛誕の持つ見えざる権力が、民から勝ち得た大いなる信頼が、一目で分かるほど凝縮されていた。
 簡単な朝食を用意させている。寝台の上で子猫をあやすような様子で、愛する恋人の背後から囁き、被さるように抱き締め、僅かな威厳と少しの気恥ずかしさと、そして溢れんばかりの幸せを込めた声で諸葛誕は言っていた。そう、確かに『簡単な朝食』だと、彼は言ったはずなのだ。なのに、今の二人の眼前には、大きな円卓にところ狭しと器が並び、見たこともないほどの多種多様な品々が溢れている。前菜から麺まで一通りが見て取れるので、更なる追加がない事だけは、確かなのだろうが。
「滋養に良いものを頼んでおいた。昨夜の疲れを癒してくれ」
 諸葛誕は、星雨の驚きに気付く様子など一切ない。彼にとってはこの量と質が『簡単な朝食』なのかもしれない。諸葛一族とは比べるべくもない平凡な出身の星雨はそう考え、面食らいながらも椅子に座る。だが、まるで宴のような眼前の光景に声も出ない。
「……何か、苦手なものでもあったのか?」
 確かに空腹だった星雨だが、驚きのあまり呆気に取られて動けない。その間も、諸葛誕は丁寧な手付きで手早く食事を進めていた。食べ進める所作からも、このような食事に馴れている事が伝わってくる。
「いや、あの……普段なら寝起きだと粥くらいしか食べないから。豪華で、驚いて」
 いつも澄ました顔で、肩肘をはり丁寧な佇まいを心がける星雨だが、昨夜の事もあってかしおらしく、どこか怯えたように呟く。いとおしい恋人の不安を理解した諸葛誕は、いつも民に向けるような慈しむ微笑みを浮かべ、食事を中断し話始めた。
「その炒め物に使っている青菜は、着物の礼にと沢山いただいたものです。暫く前に、娘さんが結婚をすると聞き、晴れの日に相応しい服をと思い、贈ったのですが……贈った以上の有難い品を下さいました」
 炒め物を椀に取り、星雨へ差し出す。随分と新鮮で大きな青菜を使っている事が一目でわかり、口に含むと味の濃厚さに驚いてしまう。
「この肉まんの生地は、随分といい小麦を使わせてもらいました。昨年の洪水で、ここの畑は不作だったと聞き、豊作の年に残りをと約束して税を減らしたのですが、少ない中でも特に良い小麦を選んで納めたらしく……」
 諸葛誕が肉まんを半分に割り、星雨へ差し出す。まるで愛玩動物を餌付けするかのような柔らかい仕草で、手ずから差し出す諸葛誕の様子に、二人きりの部屋という環境に甘えてしまい、口から頬張る。
 まだ目に見えるほど蒸気をあげる温かな肉まんは、噛めば噛むほど、肉の旨味に負けない小麦の風味が鼻を通る。愛らしい声をあげて、笑顔で味わう星雨の様子を眺める諸葛誕は、民と話す時と比肩しうる笑顔を浮かべていた。
「だから、この食卓は皆のお陰だ。素晴らしい食材をくれた民に、朝から食事を作ってくれた女官に。何より、その……今、私がこうして幸せを噛み締められる事も、星雨殿が私を愛してくれているという事実があってこそだ」
 熱い肉まんを味わっていた星雨の頬が、より紅くなる。口に食べ物を含んでいるからか、いつものような皮肉も照れ隠しも言い返せず、眉を困ったように曲げてしまう。
 確かに美味しい。諸葛誕にとっては、どれも物語のある食材なのだろう。そして、全てが諸葛誕への信頼で作られた品なのだろう。一品一品を味わいながら、ぼんやりと思い出す。一つ一つ、一挙手一投足が丁寧で、思いやりがあって。真っ暗な閨の中で、星雨の僅かな反応すら見逃さずに、壊れ物を扱うような手付きで肌に触れて、普段より穏やかで、余裕が感じられて。
「……何か、辛すぎるものでもありましたか? 頬が赤いようですが」
 星雨がいつものように拗ねて誤魔化す為に頬を膨らませようとしても、既に口の中は食事を味わう事で精一杯だった。一人、色々な材料の物語を語り、この場にいない民へも心からの感謝を述べながら、諸葛誕の前は星雨の倍の速度で料理が平らげられている。
「星雨殿、どうかご無理はなさらずに。持ち帰る為の包みも、用意させておりますので」
 だが、閨の中と食事中だけは照れ隠しも鳴りを潜める恋人を眺め、この朝食がずっと続かないものだろうかと願い、諸葛誕は穏やかな笑顔で食事を頬張る星雨を眺めて、幸せに酔いしれた。


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