最後の宴、最初の口付け

 杯を掲げれば酒の中に月が浮かぶ。澄み渡った冬空を見つめ、杯の中を喉へ流し込む。なぜこの場に呼ばれたのかわからぬまま、星雨はただ心地よさを感じながら酒と空気に酔いしれた。
「なぜ、私なのですか?」
 投げかけられた疑問が聞こえなかったのか、諸葛誕は答えない。ただ二人きりの酒宴に、予め用意されていた旨い酒と肴。さほど詳しくない星雨でもわかる、金があるからこそ出来る贅沢を噛み締める。
「答えてください、なぜですか?」
 絡み酒という言葉を思い出させるように、星雨が諸葛誕によりかかる。普段より少し困った顔に、わずかな酔いを感じさせる程度に頬を染めるばかりで、諸葛誕は口を開かない。星雨はより酒をあおり、答えぬ諸葛誕に笑顔でなだれかかる。
 ずるい。その言葉だけは吐きださぬよう、星雨は必死に努めていた。星雨の気持ちも知らずに、二人きりの酒宴を催すなんて。星雨の気持ちも知らずに、質問へ答えないなんて。だから、決して責めはしない。それこそ負け狗の遠吠えだ。
「どうして何も言ってくれないんですか?」
 紅潮した頬を緩めて星雨が話す。いつもより舌足らずな口調で、いつもより蕩けた眼差しを諸葛誕に向け、絡みつく。なのに、諸葛誕殿は何も変わらない。情熱を秘めた瞳のままで、決意に満ちた表情のまま、酒で口内を濡らすだけ。ただ、決して星雨を避けないだけ。

 柔らかく幸せそうに笑う星雨の顔がゆがんだ。どうして、と一言だけ吐き捨て、顔を諸葛誕の胸に埋める。
「なんで、なんで、知ってるんでしょ……私の気持ち、知ってて呼んで、無視するの? なんで?」
 子供のように、酔いで舌が回らぬ星雨が捲くし立てる。まさしく子供へ接するように、優しく頬を撫でる手で星雨が顔をあげれば、戸惑いを隠せない諸葛誕が覗き込んでいた。
「ねぇ、なんで優しくするの? 私の事なんか好きじゃないくせに、私はこんなに公休殿が好きなのに、なんで撫でるの、期待させるの?」
 星雨の瞳から涙がこぼれ頬を伝う。もう落としてしまった杯は、床に小さなしみを作っていた。
「……いえ、その、星雨殿は私にとって出来すぎた女性だ。だからこそ、私は……これで、今回で諦めようと。この酒宴を、最後の思い出に出来ればと。なのに!」
 星雨が顔を上げ、諸葛誕の口を自らの口で塞ぐ。相変わらず頬を涙で濡らす星雨を、諸葛誕が抱き寄せる。二人分の舌と唇が絡む音は、二人以外には聞こえない。名残惜しそうに別たれる舌を繋ぐ唾液が落ち、再び星雨が声をあげる。
「私は、こんなに淫らなのに。それでも愛してくれるなら、公休殿こそ私には過ぎたお方です」
 その台詞を皮切りに、再び二人の影が重なった。


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