存在証明

 久々の晴天に、子供たちが外を駆け回る。似たような年齢の少年や少女は、どこで覚えたのか名のある武官や名士を真似たりと、自由にはしゃいでいた。他国からの大きな侵攻もなく、他国への侵攻も暫く先になるだろうという、大人たちの穏やかな空気を子供たちも感じ取り、いつもよりさらに無邪気に、元気に声を張り上げ、のびのびと遊んでいるようだった。
 未来の将軍様もこの中にいらっしゃるのでしょうね。あの凛々しい名乗り、きっと大成されるでしょう。中庭から響く子供たちの歓声を聞き、宴の切り盛りをする女官たちも楽しそうに会話の花を咲かせていた。
「まさか、私が生きている間、げっほ……にっ、ごほ……このような! のどかな風景をっ! 子供たちっげふぉ、の、無邪気な笑顔を……見られるとは……ごっふ、失礼。ああ、なんと幸せな……、天にも昇るような、げほ、ごほっ」
「む、大丈夫ですか郭淮殿。しかし、子供たちの無邪気な笑顔を見ていると、日々の疲れを慰撫される気持ちはわかります。この笑顔を守るためにも、少しでも早い乱世の終焉を我々の手で……!」
 中庭を望む場所で宴を楽しむ者たちの中には、対蜀戦線を担う征西将軍の郭淮と、対呉防衛線を担う鎮東将軍の諸葛誕の姿もある。有事には離れた場所で魏の未来を担う二人が同じ場で語り合う様は、周囲の人々に一時の平穏をより強く実感させた。

 所狭しと中庭を駆け回る子供たちから、一際大きな歓声が上がる。小柄だが威風堂々とした少女が高笑いをあげながら、他の子供たちを先導していた。
 まぁ、少女なのに力強くて気高い笑い声ね、司馬家のお子様でしょうか。あの笑い声はきっとそうね。司馬師様か、司馬昭様か、お父様によく似ていらっしゃる。女官たちの他愛ないおしゃべりに呼応するように、諸葛誕が杯を落とした。女官の言葉を耳にしてしまった一部の者が、諸葛誕の杯が落ちる音を合図にして凍りつく。気高い高笑いが似合う少女は、大人たちの会話や空気にも、ましてや杯が落ちた音にも気付かずに、子供たちと共に遊んでいる。少女が笑顔で述べる、諸葛一族として抱く誇りは、残念ながら高笑いほど大人たちには届かなかったようだ。

 高笑いなど誰でも同じだ。少女の顔をよく見れば諸葛誕殿と似ている。数人が、杯を落としたまま固まっている諸葛誕へ声をかける。だが、諸葛誕は郭淮が拾い、差し出した杯にすら気付いていないようだった。まるで、放心状態の手本のように固まっていた。
 確かに視野が狭くはあるが、決して頭が悪いわけではない諸葛誕の頭の中では、娘が生まれた年と、その前後に自分自身がどう行動していたのか、星雨はどこにいたか、子が出来た時から出産まで、必死に記憶を巻き戻していた。当時、星雨と司馬師殿に接点はあっただろうか? では司馬昭殿は? いや、星雨が私以外の男と不貞をはたらいたなど、ありえないはずだ。だが、私と司馬師殿、司馬昭殿、私がお二人より魅力的だと胸を張れるのか?
 
「っせーの! こーきゅーさまー!」
 決して力強くも大きくもないが、異質な音が響く。他の女官に比べ質素で動きやすい服装をした星雨が、諸葛誕の前にしゃがみ込んで大きく柏手を打ったのだ。
「丁度、近くに居たから呼んできたわ。多分、誰よりも説得力があるでしょう?」
 王元姫の言葉で、空気が動き出す。郭淮から杯を受け取った星雨は、穏やかに微笑みながら首を傾げた。
「話は簡単にしか聞いてないけれども……どうすれば、公休様が三國で一番素晴らしい男性だという事を、信じてくれるのかなぁ。私は、いつも言っているのにね」
 さ、三國で……そこまで、いうかよ。司馬昭の言葉に、星雨は顔を赤くしながら、だが諸葛誕から視線を離さずに微笑む。
「そもそも、あの子が生まれてから今まで、どれだけ司馬師様が顔を見に来てくださったのかわかってるのかなぁ。公休様がそれだけ司馬家の方々に尽くしているから、司馬師様に信頼していただいているからなのに、ね。それだけ幼い頃に会えば、口癖も移るのじゃないかなぁ」
――だから、いつまでも拗ねて、固まってないで。ほら、この眉も、唇も、そしてこういう感情豊かなところも、あの子はまるで公休様の生き写しみたいにそっくり――
 丁寧に、娘と夫の似ているところをなぞりながら、星雨は諸葛誕に言い聞かせる。途中で我に返った諸葛誕も愛妻の指に逆らえず、杯を手渡した郭淮も、星雨を呼んできた王元姫も、面倒さから傍観者を決め込んでいた司馬昭も、気付けば夫婦の空気にあてられて顔を赤らめていた。

「……よい、奥方を、持ちましたね……ごっふ、げほ……」
「いえ、郭淮殿の、王夫人も……お噂は、かねがね伺って……は、はっ……」
 女官としての仕事に戻った星雨を見送った後、まるで郭淮の咳がうつったかのように、諸葛誕が咳き込んだが、荒い呼吸で必死に誤魔化す。持ち前の適応力で既に平常心に戻っている司馬昭は、星雨を見送った王元姫が頬を赤らめながら戻ってきた事に気付き、酒のおかわりを要求するつもりで杯を差し出したが……諸葛誕に続き、固まって杯を落とす事となった。
「子上殿も、不安になったら嫉妬してもいいから……私に、正直に言う事。約束、だから」


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