嘘から出た本音

 鋭い眼光とは対照的に黒目がちな瞳を驚きに満たし、先ほどまで穏やかに閉じられていた諸葛誕様の目が見開かれる。まるでいつも怒ってらっしゃるかのような諸葛誕様の驚く顔を見る、という目的が果たされた私は、嬉しい気持ちを抑えて寝ぼけたような演技を続けた。
「おはようございます、諸葛将軍。思っていた以上に(お酒を飲まれる勢いが)激しくて、驚いてしまいました……。(こちらの部屋まで運んでくるのが大変で)まだ、少し体が痛い気がしちゃいます」

 言葉に嘘はない。一部、伏せただけのはずだ。そう、私はただ、戦勝の宴でお酒のために気分を悪くされていた諸葛将軍を、司馬師様の命に従って肩を貸して兵舎の一室へ案内し、寝台に寝かせただけ。そして、朝になったので様子を見に来てみれば、そろそろ起きられそうな様子で身じろぎをされていたので、まるで私も寝起きかのように挨拶をしただけ。まるで今丁度、羽織ったかのように自らの衣を押さえているのも、朝の冷え込みで寒かっただけ、きっとそう。何も不自然ではない、ひどい嘘はついていない、はず。
 視線を私から外す事もなく、驚いた表情のままで、諸葛誕様が自らの服装を手で確認する。平服の帯がほどけている事に気が付き、表情はそのまま顔色だけを器用に青く変えていく。あまりに硬く几帳面に縛られていたので、このまま眠るのは苦しそうだと私がほどいたのだから、帯はほどけていて当たり前だ。だというのに、服はほとんど肌蹴ていないのだから、酔っている時でも寝相が良いのだろう。
 
 流石に、そろそろ心が痛む。宮城に仕えていてはあまりお見かけする機会はないものの、見かける度に狗と例えられるこのお方が気になっていた。確かに、なんと素直で愛らしいのだろう。忠実な者の意味だとも聞いたが、このように素直で疑いを知らない方が、今の勢力争いが続く魏で生き残れるのだろうかと心配になる程に、私の一挙手一投足をそのままに信じてしまっているようだ。
「……すまない! 私は、私は何という過ちを、未婚の女性に対して!」
 ごめんなさい、嘘です。私の言葉はあっさりと掻き消された。私が諸葛誕様の素直さに感心し、心を打たれている数秒の間に、先ほどまで横になっていたはずの諸葛誕様は寝台から降りて土下座をされていた。元よりわずかだった平服の乱れも直され、恐らく帯も再び結ばれているのだろう。
「星雨殿のような美しく気立ても良い方なら、既にご婚姻を望む方々も大勢いらっしゃるのでしょう。だというのに、私は……自らの欲望に任せ、力づくで!」
 必死に首を振り否定しても、土下座したまま見てはくれない。いくら謝っても、どれだけ嘘だと言ってもかき消される。気まぐれに仕掛けただけの冗談が大事になってしまったと慌てながらも、諸葛誕様の声で誰かが来ては一大事と混乱しながら、思わず私も土下座してしまう。ああ、きっと諸葛誕様も今の私と同じくらい、いやそれ以上に混乱されてしまったのだろう。私のせいで。

 それほど広くもない、たまたま空いていた宮城近くの兵舎の一室で、成人した男女が朝から土下座をして向かい合うとは、恐らく傍から見れば随分と滑稽な風景でしかないだろう。しかも、お互いに謝りあっているのだから。だが、全て私が悪いのだと思うと、何と愚かだったのだろうと涙が出てきてしまう。確かに、雅な表現や詳細な説明があるわけではないが、ただ真摯に、真っ直ぐに謝るこの人を私は騙してしまったのだ。聞いていれば、未婚の私が今回の件で婚姻出来なくなるのではないかと心配しつつ、(実際には声をかけられた事などないのだが)私を娶りたいと真剣に考えている他の男性たちに顔向けができないと。……何故、諸葛誕様は私の名前や未婚である事を?
「ちょ、ちょっと待ってください、諸葛将軍! もう一度、今なんと言いました? 私の名前を何故ご存じなのですか!」
「以前、宮城へ来た際に貴女を見かけて、その際に司馬師殿から名をお伺いしました。また、可能なら……貴女がまだ未婚であるのなら、その、話だけでも、出来ないかと……も、もちろん貴女の意志が第一ではあるのですが! 既に求婚者がいらっしゃるのではと思い、直接お話しして確認だけでも出来ればと考えていました……ですから、昨夜の過ちは全て私の自制心の無さが原因なのです!」
 先ほどから罪悪感で流れていた私の涙に、別の涙が混ざってしまう。姿勢を変えずに顔だけをあげれば、諸葛誕様は先ほどから全く姿勢を変えておらず、表情は見えない。だが、真っ赤に染まった耳から、先ほどのように真っ青な顔色のままではないのだろうと伺い知れる。
 やめてください、もう謝らないで、顔をあげてください。流れる涙で、先ほどより小さな声で訴える事しか出来ない。私は、何という酷い事をしてしまったのだろう。だが、涙交じりの小さな声が、やっと諸葛誕様に届いたようだ。
 涙声になりながら、少しずつ、たどたどしく経緯を説明していけば、驚き、照れて、表情をくるくると変えながら諸葛誕様は聞いてくれて……。いつもどこか怒っているようだと思っていたあの表情が、これほどまでに多彩だったなんて。
 でも、二人も揃ってこのような姿勢で話している姿をどなたかに見られてしまったら、どう説明しようか。その時は、諸葛誕様も一緒に説明してくださるだろうか? だって、そうすれば、もう先ほどの私をどう思っていたかという言葉は、撤回出来ませんよね。
 


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