ある小さな告白

 新年を迎えて一ヶ月が経とうとしているこの時期、天海湾を有する天海市は想像以上に寒くなる。故に、コート姿で街を行き交う人々が寒さに耐えかねて利用するのか、いつも祐と行く店に行列が出来ているのは流石に驚いたが。
「うーん……二上門なら、外れにあるファミレスの方が穴場なんですよね。そちらなら空いていると思いますし、たまには違うお店に行きましょうか。ちょっとお値段が張るし歩きますけれど、美味しいですよ」
「美味しいのにいつも空いているのか?」
「無料端末が無いから、端末目当ての人は他のお店に行っちゃうみたいです。でも、ノートパソコンの持ち込みをしている人や読書している人は多いですよ、のんびり出来るから」
「随分詳しいんだな」
「一応大学生ですから、街の勉強スポットはチェック済みですよ」
 得意げな顔で祐が話す。真面目に勉強をしている学生ならば自宅で勉強をすれば良いと思うのは、僕が年を取ったという事だろうか。
 
 結局、祐の案内で穴場だという店へ移動する事となった。アルゴンソフトの本社勤めだと伝えた為か、アルゴンソフト本社やアルゴンNSビルを避けるルートを選んでくれているのは内心ありがたい。ただ、時事には余程興味が無いのか、未だに僕がアルゴンソフトの社長である事に気付く気配もない祐の成績には少々不安を覚えるが。
「……パラダイムXでも、バレンタインに何かイベントでもあるんでしょうかね?」
 唐突に祐が口にする。下から来た企画書ではパラダイムX内での期間限定店舗だけだったが、意外と世間からの関心は高かったのだろうか。
「街中でもチョコばかりだし、パラダイムXでもバレンタインムードだとチョコが食べたくなりますよね」
「全く、バレンタインの話にしては食気ばかりで、随分色気の無い話だな」
「でも、甘いものは疲れが取れるし頭にもいいですよ。良ければ仕事に疲れた時に食べてみて下さいよ。いつもコーヒーか紅茶で、砂糖もミルクも無しなんて疲れが取れませんよ?」
 普段からあまり女性らしさを感じない会話が多いとは思っていたが、まさかバレンタインの話題で食べ物の話しか出ないとは思わなかった。僕とそういう話をしたくないのか、意図的に避けているのかもしれない、と思うのは流石に穿ち過ぎだろうか。
「祐は、バレンタインのチョコレートにしか興味が無いのか? 祐位の年頃だと、周りの男連中に配ったりするものだと思っていたのだが。全く縁がないようにも見えないしな」
「うーん……そういう話は多少周りから聞きますけど、私はあまり興味が無いですねぇ。国義さんこそ、あんな大きな会社に勤めていたら沢山貰っていたりしそうですけど」
「全て断ったから、記憶に残ってないな」
「随分余裕があるんですね。そんなにもてるのに、こんな道端で出会った女子大生をここまで頻繁に相手にしていて良いんですか? いや、私はIT関係のお話が出来てとても楽しいんですが……」
「誰と一緒に居ようが、僕の勝手だろう。何も問題ない」
 昨年までのバレンタインに関しては、全部秘書を通させた後に処分を命じた記憶しか残っていなかった。社内でプライベートな用件の為に僕へ声をかけるような人間は居ないと断言出来る上、外部から届くものも僕への物などなかっただろう。『アルゴンソフト代表取締役』へ贈られた物であって『門倉国義』へ贈られたものがあったとは思えない。そのような物より、僕を『国義』の名で呼んで慕ってくれる祐との時間の方が、貴重なのは当然だろう。
 
 そんな他愛も無い話をしていると店に着いたようだ。なるほど、いつもの店に比べて客の年齢層が高く落ち着いた雰囲気だ。例えば、いつもの店が小さな子供向けの玩具を店頭で売っているのに比べ、この店は若い女性が好みそうな海外の菓子が並んでいる。店に入り店員の案内を待っている間、祐も例に漏れず楽しそうにレジ前に陳列された菓子を眺めていた。
 店員に案内され席に着くまでの間も、レジ前の菓子が随分気になる様子だった。最も、席についてメニューを手にした途端そちらに心を奪われたようだが。本当に、祐が表情をくるくる変える様は、とても新鮮で見ていて飽きないものだ。
「私、ここのヨーグルトパフェがお気に入りで毎回頼んでいるんですが、バレンタインのチョコレートフェアも美味しそうですねぇ。今日はどちらにしようかな」
「そこまで悩むならばどちらも頼めばいいだろう?一人で食べ切れるならばな」
「……十分食べ切れるけれど、予算をオーバーしちゃうからなぁ」
「ならば今日は僕が奢ろうか。年下らしく、たまには遠慮なく甘えれば良い。気にするな」
 驚いた後、嬉しいような申し訳ないような表情を浮かべて祐が礼を言う。本当は僕からすれば、この程度の金額なら恩に着せる気も起きない金額なんだが。それに、どこか気を許していないような態度が時折垣間見える祐に、もっと甘えて欲しいと思っているのは僕の本心からの言葉だ。
 程なく店員を呼び、注文を終える。またコーヒーだけかと祐が少し呆れているようだが、甘いものにそそられないのだから仕方が無い。
 
 注文したメニューが届くと、祐はいつもの様に幸せそうな顔で食べ始めた。気を使ってか、一口勧められたがきっぱり断った。折角美味しいのにと呟き、少し残念そうな表情に変わるものの、結局は自ら頬張り笑顔に戻る。やはりくるくると変わる表情は本当に飽きない。それにしても、ホットココアにフォンダンショコラ、ヨーグルトパフェ……僕から見れば、胸焼けを起こさない事が不思議になる組み合わせだ。
「二上門のコンビニも、チョコの棚が増えていて美味しそうでしたね。それを見ていたら、チョコが食べたくて仕方なくって」
 また一口頬張り、幸せそうな満面の笑顔を浮かべている。
 こうして時間を合わせて会うようになってからの短期間だけでも、祐は随分色々な表情を見せてくれている。祐が時々口にする『仲間達』とやらは、僕が見た以上に祐の様々な表情を見てきたのかと考えると、顔も名前も知らないその連中が妬ましくて嫉妬してしまう程に。
 ふと気がつくと、祐の表情が曇っていた。何かを心配しているような、顔色を伺うような瞳で僕を見る。恐らく、嫉妬のあまり機嫌が悪そうな表情でもしてしまっていたのかもしれない。その悲しそうに曇った表情を見ていると、妙に胸がざわざわとしてしまう。
「すまない、先に会計を済ませてくる。祐は食べながら待っていればいい」
 少し落ち着く為にも席を立つ。色々な表情を見たいと思うのに、悲しそうな表情一つで僕はここまで気分が悪くなるのか……『気分が悪い』という感情自体も、良く考えれば久しぶりかもしれない。
 
 会計を済ませて席に戻ると祐が再び礼を言う。やはり申し訳なさそうな、緊張したようなかしこまった笑顔。
「ごちそうさまです、ありがとうございます」
「この程度気にしなくて構わない。後、これで良かったか?」
 先ほど会計の際に購入した綺麗なチョコレートの包みをそっと祐の前に置くと、作ったようにかしこまっていた祐の表情が、自然な喜びと驚きで上書きされていく。
「次にいつ会えるかわからないからな。半月ほど早いが、構わないだろう?」
「あの、でも、私は今何も用意してないし……というか、その、なぜ国義さんから私に?」
「大学生ならもう少し国際的な知識も身に着けたらどうだ?海外では男性から贈るのが主流だ」
 それを聞くと、恐る恐る包みを手に取ると、今にも泣きそうな表情で照れくさそうに微笑んだ。
 きっと例の『仲間達』にすら見せた事はないだろう、照れてはにかんだ笑顔。今、僕だけの為に祐がこの表情をしているのだという、優越感を感じてしまう。
「ありがとうございます! 今度会える時までに、何かお返し考えておきますね!」
「お返しを考える前に、国際情勢や文化についての勉強もしておいた方がいいと思うがな」
 確かに僕は『海外では男性が女性に贈るもの』だとは言ったが、日本とは違い海外には義理なんて考えはない。この様子では祐は単に『仲のいい異性の知り合いから貰ったお菓子』と捉えているようだが、時事や文化を勉強していれば『世界的に活躍する独身青年実業家の遠回しな愛の告白』という意味がある事に気付けたのだろうに。
 最も、この様子では気が付かない方がお互い幸せなのかもしれないが。


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