秋の花火

 柔らかな前髪が揺れる。静かに、興味深そうに顔を上げる。紅葉に染まった地上から、背を伸ばして見上げる夜空には、大きな音を出しながら季節外れの花火が何発も上がっては咲き、消えていく。
「花火大会と言えば、夏のものという気がしてたけど。秋の花火も、綺麗ですね。紅葉と花火って、ずいぶんな贅沢かも」
 顔の脇をすり抜け落ちた前髪に隠されていた目元は、にこやかに、ほほえむように細められていた。続いて笑う門倉の視線は、自らの背より低い彼女へ注がれており、花火を見ていない事は明白だ。
「今日は、なにかお祭りですか? パラダイムXでも花火が上がっているんですよね」
 街頭ビジョンに映されているパラダイムXの夢見横丁は、今回のイベントに合わせて夜景を思わせる暗さになっている。昭和の街角を思わせる風景に花火があがる今のパラダイムXは、ノスタルジックという言葉がよく映える。
 パラダイムXが公開されて半年の祝い。表向きはただそれだけだ。ただそれだけで、門倉は私財でパラダイムXを含めた天海市中に花火を打ち上げていた。
「パラダイムXがクローズドモニターに公開されて半年の祝いだ、盛大に行うに越したことはないだろう」
 門倉の言葉に、彼女は疑問を持たなかったようだ。小さく感嘆のため息を漏らしたかと思えば、その視線は再び夜空に吸い込まれてしまった。
「早く、正式に公開されるといいですね」
 そう呟き、彼女が笑う。人の幸せを願うようなほほえみ方は、彼女が幸せだからこそできるのだろう。
『所々、顔を出してきた紅葉が真っ赤で、綺麗ですね。どこか、花火にも似ているかも』
 秋の始め、そう言いながら笑っていた彼女の笑顔と、全く同じだ。翌日、門倉が社内に提案したクローズドモニターハーフアニバーサリーの企画は、門倉の私財によりこうして大成功を納めている。
 ああ、大成功だ。僕が見たくて仕方がなかった、最高の笑顔を再び見られた。
 花火に夢中な彼女は、門倉が一度も花火を見ていない事に、全く気付いていなかった。ただただ、幸せそうに顔をあげ、ほほえみ、門倉に祝福の賛辞を述べるだけだった。


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