いつ産まれたのか、いつ産まれるのか

 来週の月曜は私の誕生日なんですよ。そうはにかむ彼女の声に、彼は奇妙な表情を浮かべた。恐らく仕事上で必要という理由が大半であろう、張り付いた笑顔のポーカーフェイスが崩れた事は確かなのだ。新たに、一瞬だけ浮かんだ見慣れない表情は、言うなれば『鳩が豆鉄砲を食らったような』『狐につままれたような』という形容がしっくりくるような、滅多に見られない驚嘆の顔だった。
 様々な諸事に終われて彼女の誕生日を忘れていた、という訳でもない。何故なら、彼女が彼に誕生日を告げたのは今が初めてなのだから。なら何故、ここまで虚を付かれたのか。それは単に、もはや門倉国義の精神の一部となっているマニトゥにとって――勿論、マニトゥによる精神の侵食は、門倉国義の望んだものではないのだが――誕生日という概念が見事に欠如していたからだ。


 ああ、そうか、誕生日か。門倉国義の記憶という書庫からマニトゥが知識を引き出し、あたかも始めからそこにあったかのように門倉国義の意識化に置く。ほんの数秒もかからぬ事ではあるのだが、その間に彼女から新たな質問が投げ掛けられ、首を傾げて返事を待つ彼女が門倉国義を見上げている。
「国義さんの誕生日は、いつですか?」
 彼女にとって、この質問が彼との会話の本命だったのだろう。どこか人間離れをしたような、実際に日本どころか世界でもその名が知られる青年実業家である彼でも誕生日はあるはずだ。だが、雑誌のインタビューでも恋人である彼女との会話にも、一度たりとも出た事がない。もし本当に彼女が彼にとって、門倉国義にとって特別な存在ならば、誕生日を教えて貰う事は出来るはずだ、と。マニトゥの存在など知らない彼女にとっては、ごく自然な疑問で、発想ではある。だが、門倉国義は既に門倉国義かつマニトゥであり、人間らしさ、人間性のようなものすら門倉国義の気付かぬ間に消滅してしまっている。彼女をいとおしく思う感情すら、門倉国義という人間が一人の人間を愛する気持ちと、マニトゥという神性が自らの信徒を護る気持ちが混在している状態だ。


「国義さん……ひょっとして、忙しいからって、自分の誕生日も忘れてしまったんですか?」
 何が楽しいのか、彼女がケラケラと声をあげて笑った。平凡な人間という生き物以外の何者でもない彼女にとって、自分の誕生日を覚えているという事はごく自然で、当たり前で、だからこそ『自分の誕生日がわからない、忘れてしまう』が冗談になり得た。
「……ああ、どうしてだろうな。忘れてしまった、何もかも」
 門倉国義にとっても、マニトゥにとっても、嘘ではない返事に彼女は驚き、謝る。門倉国義としては自らが純粋な人間であった頃の記憶が欠け、マニトゥとしてはあまりに永すぎる自らの生涯が欠けていた。失われた内容に想いを馳せた事も、取り戻したいと思った事もないというのに、彼女との他愛もない会話で門倉国義は、マニトゥは、自らが何を失っているか目を向け、初めて何かの喪失を寂しいと感じた。
 先程とはまた違う笑い声を彼女があげる。なら、作りましょう! まるで容易い事のように明るい声で、あっけらかんと語る。
「誕生日がわからないなら、二人でこれから沢山の記念日を作りましょうね!」
 今、彼女の言葉を嬉しく思う気持ちは、これからの彼女との思い出を待ち遠しく思う気持ちは、果たして門倉国義という人間のものなのか。マニトゥという神のものなのか。


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