「あ、ねぇ、あっくんさあ」 「うるせェ」 「あと1000年ぐらいしたら、世界が終わるらしいよ」 「…ああ?」 「確かなんかの古代中世史だったかの講義で古代文明の預言書だったか何だか」 「……テメェの頭ん中を終わらせろ」 「ひどっ!ちょっと真面目に聞いてってばあ」 「……お前らなんて話してるんだ…」 「やあ、お疲れ東方!ついでに代返サンキュ!…あれ、南は?」 「太一と台所に、…お前またツマミ作らせにやったんだろ」 「俺は柿ピーだけで良いって言ったんだけどたいっちゃんがやさしーからさ」 「…たいちー、みなみー、千石のたこわさはなしにしとけー」 「はぁい!」 「ちょっ!東方そんな殺生な!たいっちゃんもなんでそんな明るく返事してんの!」 「うるせえ、千石てめえ帰れ」 「亜久津、灰が…それ南のベッド……」 「そんでさ、ほんとに世界がおわるんだって教授がやんややんやと」 「あーもう、ほら灰皿、…あー…千石が苦手な、あのちょっとヒスっぽい教授?」 「そうそう!で、そん時自分が生きてたらどうするって話になってさあ」 「どうするって…………」 「…くだらねえ」 「…亜久津に全力で同意する」 悲しいほどに長引いた講義の後、しかも幸運の星の下に生まれおちたらしい阿呆の尻拭いまでしたあとだ。 めでたくも悲しい一人暮らしの相方のアパートで、穏やかに宅呑みでもしようかという話だった。 あわよくば可愛い後輩の手料理もふるまわれたらいいと願っていたことも否めない。 しかし、これはどうだ、帰ってきたとたんに狭苦しい台所で後輩が忙しく立ち働いているのを見て、相方は慌ててそれを手伝いに飛んで行った。 出来るなら俺がそうしたかった。 なぜかって? 俺だってこのトラブルメンズのお守なんてしたくはない。 「たいちー…みなみー早くこっち来てくれー」 「諦めんな東方!」 「なんで千石お前が俺を励ます!?」 溜息をつく俺を嘲笑いながらミスターサボタージュ、別名千石は殺気バリバリの亜久津に小うるさくじゃれついている。 胃の入り口に何かがせりあがって来そうな予感がして俺はそっと深呼吸をした。 このままでは太一と料理とツマミ、ついでに酒もろとも、怒った亜久津に連れ帰られてしまうかもしれない。 「まあまあ、亜久津、千石がおかしいのは何時ものことじゃないか」 「チッ」 「やだなあ、せめてナチュラルハイって言ってくれよ」 トチ狂った話の展開に俺の喉は引きつる。 でもそこで人一倍歪んだ顔をしたのは亜久津の方だった。 ギロリと千石を睨み下げる亜久津の眼光は俺の胃をこれでもかと直撃し続ける。 こういう中で何とか場を納めさせるのは俺の相方の役目じゃなかっただろうか。 彼に比べれば俺はもうちょっと余計に地味な方だろうに、いうなれば地味の中でもさらに埋没する地味の方だ。 自分で言ってて悲しくなるとかいう時期はとうに過ぎた、嘆かわしいことに俺は現実を直視できる大人である。 「んで?クレイジーで名高い亜久津クンならその時どうするよ、世界中が洪水で海の底に沈むんだぜ」 「おい、千石」 「だいじょーぶ、あっくんがどんなにエグいこと言っても壇君には内緒にしててあげるからさー!教えてくれたら壇君に一気コールかけないであげてもいーよ!」 「かけたら殺すぞ」 「コワッ!」 「……あーもう、亜久津、適当に何か言っとけよ、この馬鹿しつこいから、…俺は逃げる」 前々から思っていたが、無邪気なフリしてこういう類の話をしたがる千石の眼は、コートの中に居る時のように生き生きと輝くのではなく、暗く炯々と光るような気がする。 それは実に気味が悪く子供じみた目だ。 俺はこの男のこういう薄暗い愉悦を求める擬態は嫌いではないが、質が悪いのは確かだ。 巻き込まれる前にと、俺は太一と南の朗らかな声がする台所に避難するために腰を上げかけた。 「……首が細ぇだろ」 「…ああ、真綿でね、やさしく!」 「んなまどろっこしいことすっかよ、一瞬だ」 「あーああーあーーーー!俺は何にも聞いてないからな、たいちー!なんか手伝うことないかー!?」 「待って東方、お前の見解はどうなのさ」 「あああもう知らん俺はなんも知らん、」 「えーじゃあ今の亜久津の答えを壇君にねっちょりと」 「てめえ…!」 「亜久津!駄目だそれはマジ締まってるから!」 「ぐえええ」 「分かった!ほら亜久津やめろ、千石は煽るな、あー…そうだな、きっと俺は家族と過ごすだろうよ、その時まで、家に閉じこもってな」 「ぐはあ、…ええー?地味'sに相応しくありきたりだなー…そんで?」 「そんでって?死んでからってことか?死後の世界とか輪廻転生とかある設定なのかよ」 「いえーす、昨今流行りのスピリチュアルだよ」 「あー…もー…そーだなあ」 …もし、もし仮に、死後の世界があったとして、ありきたりで地味な世界のおわりを経験したあとに何をするか? おそらくは俺ができることなんて数少ないだろうし、もっと言えば今思いつく選択肢はもっと少ない。 こちらをにやにやとしながら見遣る千石から目を逸らして俺は黙した儘考える。 (そうだな、きっと、恐らくは俺はそわそわしながら人を待っている。 最後のその一瞬前に戸惑いも無く惨いことを遣って退けた誰かさんを、仕方なく地獄の入り口の前で待っててやるだろう。 多分だが俺の相方もそこにいるような気がする。 まあ待ってりゃいつか太一引きずって一緒に地獄に落ちてこうとする亜久津に出会うことになるだろう。 どうせ万が一太一が泣いて喚いて嫌がったとしても、目の前の馬鹿が逃がすわけもないんだろうからな。 それを待ち構えてた俺たちはどうにか亜久津を説き伏せて、天国とはいかずともなんとか悪くない方に向かって彼らを引っ張って逃げ回ることになるんじゃないだろうか。 嗚呼、分かってる、俺だってそれなりに亜久津のことも太一のことも知ってるつもりだ。 自分以外の所為で太一が傷つくのが許せない亜久津がどこまで冷酷になれるのかは流石に俺でも想像したくはないが。 でもお前たちをよく知っているからこそ、時間をかけてふたりで溺れ死ぬのと、お前が歯を食い縛って彼の首をへし折るのと、どちらが本当に苦しいんだろうかなんて聞かないでくれよ。 応えられないね。 まあいい、それは置いておくとして、閻魔だか魔王だかがどんな采配を下すのか知らないが、多分もろもろ見積もって俺らみんな重罪人の沙汰は免れない。 地獄に引き込む悪魔や死神から必死こいて逃げ回らなきゃいけないなんて、死後の俺は何て不幸なんだろうか。 しかも他人の犯した罪の所為でだ! ああ、無論このオレンジ馬鹿2号にも手伝わせるけれど。 そんでもって逃げ切った後に、…) 「あー…なんかあれだ、日頃の行いが良い俺はすぐにウミガメに生まれ変わる」 「…なんか、結局、じ、地味なんだ………ブフフォッ!!!」 「づああああああ!もうマジお前は地獄に落ちろ千石うううう!」 サイコ達とダンス |