提督と荒潮(艦これ)

「もう、こんなところでタバコを吸わないでって言ったでしょぉ〜?」

ガリガリガリ、と神経質にペン先を走らせる男に臆することなく、やけに穏やかな声音で荒潮は声をかけた。男はちらりと視線をあげて、寝不足ゆえかクマの目立つ眼を動かす。渋々といった色を湛えていた。

ふわり、ゆらり。上へ上へと昇る紫煙に向かって、なんとなしに荒潮はパタパタと手を振った。それくらいで煙が晴れることがないことと、無意味だということはわかっていた。こんな閉め切った部屋では行方をなくし天井で迷子になるのも道理といえよう。

「タバコ、タバコ。やーね、匂いが服に付いちゃう。それに、そうね。早死にするわよ、提督?」
「どのみち長生きせんさ、こんなことやってるからにはな」

肩を竦め、提督と呼ばれた男が無意識についたため息を咎めることなく、荒潮は鼻歌交じりに窓を開いた。新鮮な空気がこもり切った室内を来襲し、それだけで雰囲気は軽くなる。同時に疲労からくる淀んだ感情も、風と共に男の心から去っていった。

「いい天気。閉じこもってるのが、もったいないと思うでしょー?」
「……こっちはずっと書類を睨んでいたんでな。陽の光が目に痛い」
「あらあら、カーテンでもかけたほうがいいかしら?」
「いや、そのままでいいさ。……まあ確かに、ずっとこもってるのも良くない」

ああ、海の蒼さもいいけれど。空の青さも、本当によく似合う、と。厳しく細めていた目を和らげて、男は荒潮の背後を見つめながら思う。窓の外に手を伸ばし、風にたなびくその髪色はきらきらと太陽に透かされて美しい。あのふんわりとした茶髪は、明かりを受けて太陽の光を吸収しているに違いない。
荒潮は少女だ。けれど、同時に麗しい女で、美しい艦船でもある。そう思わずにはいられなかった。最も間近で荒潮を見つめ続けできた、提督である男は幾度となく考えた事柄を心の中で反復する。

「あらしお」
「なぁに?」
「うん、あらしおは、いい名前だな」

男を見ずに返事を返した、可憐な少女の動きが止まる。三拍ほどの間をおいて、振り向いた。その瞳はどこまでも、どこまでも、澄み渡っている。相手の思念も何もかも、見え透いて。それでいてどこか遠くを眺めている。分かりきったことだった。見つめ続けているのは終わりのない場所で、始まりの遥か彼方。そこに自分は決してたどり着けないということを口惜しく思いつつ、だからこそその存在が儚く尊く、美しいと感じるのだと男は気付いていた。
戦う彼女達の瞳に等しく映る、暁の地平線。人ならざるものこそが垣間見える。

「疲れてるのね」
「そうかもしれない、なんせ仕事詰め。ああ畜生め、やっぱり提督なんて俺には向かないね」
「貴方についていくと決めたのだから、頑張ってもらわないと困るわぁ」

青空を背に微笑む荒潮に何度見惚れたことだろう。
この男の執務室に無遠慮に入っては闊歩できるのも、荒潮だけだった。ここの鎮守府には艦船がほぼいないとはいえ、信頼関係が為せる技だ。





提督×荒潮


・斎宮提督…30代前半のくたびれた大人
少々不器用で無愛想。ド田舎出身。年がら年中寝不足。ヘビースモーカー。
とある辺境の地で、渋々名ばかりの「提督」をやっている。あまり優秀ではない。早い所後任者を見つけて引退しようと思っていたが、荒潮と出会ってからというものは彼女の美しさにハマってしまいズルズルやめられずにいる。好きだとか愛してるだとかいうよりも、もっと言葉にし難い感情を荒潮に抱いており、邪な類はなくひたすら崇高に近い。荒潮を女神のように思っているのかもしれない。
荒潮の影響で、オシャレなお菓子にはまってしまった。

・荒潮…斎宮にとっての海の女神さま
斎宮提督の秘書艦にして一番長い付き合いのある艦船。寂れた鎮守府に咲く一輪の花。大人びており達観している。静かな場所が好きだが、戦いも嫌いじゃない。
轟沈しそうなところを斎宮にひろわれ、以後斎宮の元に身を寄せる。つまりはお互い、一目惚れ。斎宮に対して最早女房ともいえるほど世話を焼いている。斎宮はしらないが、見ていないところでもその世話焼きは収まらず、少々異常と言えるほど執着している。後にも先にも自分を使ってる人はこの人だけだと、心に決めている。嫉妬深い。
斎宮のせいでタバコの臭いが嫌いじゃなくなった。


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