レッドと???
綺麗だった青い瞳を濁らせて彼女は憎々しげに言い放った。
「いいわよね、貴方は。主人公でいられるんだから」
びっくりするくらいに負の感情が込められた声音。耳から脳へと流れ急激に思考が凍る。なんて、なんて冷たいんだろう。彼女の執着心や嫉妬心、はたまた憎しみと哀しみと自嘲。僕、いや僕のような存在全てに対しての感情の奔流がやけに心を貫いた。されど不思議と恐ろしさは感じないが。ああ、それより早く何か言わないと。
「そうでもないよ。いいってもんじゃない。主人公なんてただの操り人形だ。ならない方が、ずっといい」
考える必要はなかった。自然と言葉は口をついて出る。妙にすらすらと言ったその言葉は本当に彼女に向けてなのか。
「……どうして」
今度はまるで空っぽの声がした。どこまでも空虚で暗く重い。どうして、その言葉の意味がわからなくて視線を向けるとみるみる顔を歪ませた。
「どうして!?だって、主人公なのよ!?主人公になれば、主人公でさえあれば、なんだってできるじゃない!!恵まれている、選ばれているから、最初から何もかも与えられたシナリオがあって進めば進むほど強くなってポケモンにも人にも好かれて王者になる運命の主人公のどこが、どこがならなくていい理由になるの!?」
痛々しい叫びを無視して、帽子を深く被り直した。
もうすぐ時間だ。あっという間に時は過ぎてしまう、そんな限られた世界の中で彼女はどうしたいのだろう。
(それに関して言えば、いまさらだけど僕もだったなあ)
「わからないよ、君には」
「わかるわ!だって私もそうなるはずだったんだから!!」
「違う。そうじゃない。だから君はわからないままだ。ねえ、君には絶対に理解できないんだよ」
憐憫を込めて彼女を見る。そう、きっとわかることはできない。できるなら分からないままの方がずっといい。その言葉は彼女にとってあまりにも酷だ。いや、酷なんてレベルじゃない。告げた途端今のままでも壊れすぎている彼女のことだから本当の意味で壊れてしまうだろう。なら知らない方がいいんだ。それもまた酷だとわかっていても。知ってしまうよりはずっといいはずなんだ。
「どうして、どうして、どうして!!!!何がいけないの!?主人公の何が、それが幸せなのに、幸せがそれなのにーー」
「……時間だ。じゃあね」
問いには答えずそれだけ言って、ぼやける視界をそっと閉ざす。最後まで彼女は叫んでいた。
ぱち、静電気を肌で感じ目を覚ます。相棒のピカチュウが僕を覗き込んで居た。安心させようと頭を撫でる。すると嬉しそうに擦り寄る姿に微笑みが零れた。
……それにしても、まだ彼女はあそこに居続けるのだろうか。それもまた、彼女の運命なのかもしれないが。
「どこまでも惨酷だね、この世界は」
なんとなしに空を見上げる。相変わらず世界は広いようで狭かった。
なぜわからないのか。なぜ彼女には話さないのか。彼女に言えなかった惨酷な事実をぽつり、誰にも聞こえないくらいに小さく呟いた。
「君は、主人公じゃないんだ」
「ああ憎い。最初の彼はそんな酷なこと、言わなかったわ!」
死刑宣告にも等しい言葉
主人公の辛さも世界の裏も知らずに主人公を望む彼女は滑稽だよ、哀れなほどに。
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