いつだったから借りた鍵で勝手に作った合鍵は作っておいて成功だったらしい。パジャマ姿のはなは口をぱくぱくと開閉して、そりゃあいつもの清楚な顔(らしい)から想像できないくらいの驚きと焦り具合だった。



「待ってて、あと1時間くらい!」



女の仕度は時間がかかって嫌になる。もう少しかかりそうなのを無理やり引きずって、出発したのは大体1時30分の辺り。つまり、結局2時間30分も待たされた。
家でできなかった分の化粧をするだとかなんとかで、車の鍵を押し付けてはなは助手席に乗りこみやがった。ドアを開けたら部屋と同じ匂い…ってこれじゃ変態じゃねぇか。








第二話








私の愛車は総悟に操られ、通りを左折した。人の車なのに上手に運転するなあ、なんて思ったけど当たり前だ、教習受けてるもの、免許持ってるもの。助手席で総悟の横顔をぼんやり、なんだかまだ夢の中にいるみたいに眺めていると、口が開いた。



「で、」
「で?」
「どこまで行くつもりなんでさァ?」
「え、」



そこまでは、うんと、考えてなかった…かな。しどろもどろに告げたら、振り返ったきれいな顔が少し歪んだ。何言ってんだてめぇ、と顔に書いてある。運転中は前を見なさい、と思ったら信号が赤だった(寧ろ私が前向かなきゃ)。
確かに、一緒に旅に出ることばかり考えていたけれど、いざとなると…。ほら、恋人に電話をかける前はあれ話そうこれ話そう考えてたのにいきなりかかってきたら、全部考えてたこと吹っ飛んじゃう、みたいな?ちょっとどころか全然違うけど、それに近いものはある。あれ、でも私恋人できたことないよ?…20年も生きてるくせに。あぁあ、考えがまとまらない。その間にも車はどんどん家を離れてどこかへ、総悟の気まぐれに、行き当たりばったりに進む。正直な私は、早く決めなきゃ、道がわからなくなって帰れなくなっちゃう、なんて馬鹿なことで焦り始めた。帰り道なんてわからなくなっちゃえばいい旅のはずだったのに。どこまでもどっちつかずなんだ、私って。



「決まりやした?」
「う、えー…っと、じゃあ、」



先ほどよりも落ち着いた様子の総悟に逆に焦らされて提案したのは、なんともおかしな失踪先。しかも、さほど遠い距離ではなかった。







◇◆◇







「ってか誰にも知らせないんじゃねぇんで?」
「まあまあ、そこら辺は秘密にしたらいいでしょ」



着いた先は懐かしい、といっても一年前に卒業したばかりの場所、母校だった。今はちょうど春休みの始まったばかりらしい。
アポが必要かと思ったけど、そんなことはなかった。というか総悟の機転で『元剣道部で、指導に来ました。坂田先生にアポとってます』と言えば『来校者』と書かれた札を渡されて通された。確かに総悟は剣道強かったし、指導っていうのも説得力ある。しっかりした嘘はついても堂々としていればばれないとこの年にして学んだ。もちろん、指導なんてのも大嘘。でも、運がよかったのも嘘が通った理由の一つだと思う。偶然にも今日銀ちゃんは学校に来ていて、剣道部もやっているそうだ。それはそれで見に行きたい。そう言ったらまあ、とりあえず教室行ってみようとのことだった。
しかし教室に向かう途中の、最初の階段で、盛大に転んだ。咄嗟に手をついて顔面からの衝突は避けられたからよかったものの、守りきれなかった膝が痛い。階段の段差が微妙なのは学校でよくあること。だけれど、教室が今はどうなっているのかに気を取られてしまって、迂闊だった。まぁ、そんなのは言い訳かもしれないけれど。
階段の前で暫く立てなかった。総悟に散々どんくさいのは昔から変わらねぇな、とかなんとかからかわれて喚いてたら、ぺったんぺったんという懐かしいスリッパの音。振り返った。やっぱり、変わってない。



「銀ちゃん!」
「銀ちゃん!…じゃなくてよぉ、俺アポとった覚えねぇんだけど。っつーかお前らだったらアポすら取らせねぇっての」
「銀ちゃんったらつれなーい。昔はあんなに愛してくれたのに…」
「やめてくんないそういうの!変な誤解招くから!!」
「誤解も何も真実じゃありやせんか」
「沖田くんも乗っかんないの!」



苛々したみたいに後ろ髪をがしがし掻きながら、だからお前らが来るのは嫌だったんだとかぶつくさ言いつつも、まぁ、そのなんだ、久しぶりだな、とはにかんだ銀ちゃんの目は優しかった。こういうところが好きだったりする。がさつなくせに優しかったり、器用なのにどことなく不器用さもあったりして、善い意味でも悪い意味でも先生なのに先生らしくなくて、そういうところが好きだ。在学中も思ったけれど、卒業して尚思う、本当に担任でよかった。



「ねぇ、銀ちゃん、剣道部やってるんだよね?見て来ていい?」
「あぁ。体育館でやってる」
「総悟は?」
「いや、俺は遠慮しときまさァ」



ということで私は単身体育館へと向かった。あれ、そういえば体育館ってどう行くんだっけ?左右に分かれた廊下の前で悩む20秒前。







◇◆◇







「で、今日はなんだ、結婚式の招待か?」
「結婚式って…誰と誰の」
「あいつとお前の」
「あり得やせん」
「…は?」



小学生並みにはしゃいだ様子で体育館へと向かったあいつを見送ったそのままに、廊下で突っ立ったままだった。からかうようにも当たり前のようにも聞こえた投げかけに、そのままの疑問を打ち返すと、意外そうに気の抜けた声が返ってきた。意味がわからないといった風の銀八を振り返ると、いつもに増して随分な間抜け面をしていた。だからといって笑うわけでもなく、続けた。



「俺とあいつが結婚するなんてあり得ませんって言ったんでさァ」
「…何、総一郎くん、まだあいつに手ェ出してねぇの?」
「何を勘違いしているのかしりませんけどねィ、俺とあいつはそういう関係じゃあありやせん」



間抜け面から怪訝なような顔に。



「いやいやいや、え?高校時代付き合ってたんじゃねぇの?いっっつも一緒にいたじゃん」
「いっつも一緒って土方さんも一緒でしたぜ」
「いやいやいやいや、多串くんはあのゴリラと一緒だっただ…」



言いかけて、はっとしたように咳払いをして、まあ、こういうのは第三者が首突っ込む話でもねぇわな、と銀八は軽く息を吐いた。
暫くしたら帰ぇれよ、とひらひら手を振りながら銀八が去っていった。こっちにきた用は特になかったらしい、もと来た道を戻っていった。なんとも言えない渦巻く気持ちのまま、体育館へ向かう。







11.0410/惑星の地面は何色?

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