詩季には次の授業が始まると言ってあの場を後にしたけれど、わたしの足は教室には向かっていなかった。授業なんかよりしなくてはいけない事ができてしまったんだもの。色んな人に奇異の目で見られてもわたしは気にせずに廊下を駆けた。
「はぁっ…、はぁ…!」
やはり誰が何と言おうとあの転入生、豪炎寺修也を詩季のクラスに入れるべきではなかったのよ!いいえ、むしろ詩季をあのクラスに入れるべきではなかった!一人だけ活動を続けるサッカー部のキャプテンがいるあのクラスに!
「パパ!」
「…夏未、そんなに急いでどうしたんだい?それにここは学校だよ」
学校内でパパと呼んだ事とノックもせずに入った事とドアの開け方をやんわりと窘められたけれど今はそんな事を気にしている場合ではない。
「理事長、わたしから一つ提案があります」
昔わたしを助けてくれたあの子。優しいあの子をわたしが助けないで誰が助けるの?今回、雷門に転入するのを手伝ったのもあの子を助けるためだった。でもここに逃げただけじゃあの子をサッカーという苦しみから脱却させる事はできなかった。……サッカーはどこまであの子を苦しめれば済むのかしら!
「サッカー部を廃部にしましょう」
この雷門中にサッカー部がなくなればここにいる限りあの子は、詩季はサッカーに苦しめられる事はない。こんな事ただのエゴだってわかっているけれど、それが少しでもあの子のためになるならわたしは何だってするわ。
「練習をしている所なんて見た事もないし、いつまで経ってもサッカーをプレイできる人数すら集められない部活なんてあっても経費の無駄だと思います」
「しかしだなぁ、我が雷門中のサッカー部は伝統有る…」
「伝統は伝統。継ぐものがいなければなくなるのもやむなし、です」
でも理事長はわたしがここまで言っても頭を縦には振らなかった。……本当なら使いたくなかった奥の手だけれども使うしかないみたいね。詩季に悲しい思いをさせてしまうかもしれないけれど、これも詩季のためだもの。きっと説明すれば許してくれるわ。
「この条件ならどうでしょう?」
「なんだい?」
「たしか、帝国学園のサッカー部からウチのサッカー部に練習試合の申し込みがきてましたよね?」
詩季を苦しめた原因の学校とその部活。大好きだったものを怖いと言わせる程の事をやってのけた集まり。わたしはサッカーのルールなんて知らなかったし興味もなかったけれど、あの子が楽しそうにサッカーについて語る姿は大好きだった。
「な、夏未!それは詩季ちゃんが…!」
「でも、こうするしかないのよ」
「夏未……」
パパも詩季の身に起こった事は知っているし、どうやら今のでわたしが何をしたいのかわかったみたい。
「帝国学園と練習試合をさせて、勝てなければサッカー部を廃部にして下さい」
詩季、これでいいのよね?
すべてあなたのために(大丈夫、今度はわたしがあなたを助ける番よ)
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