地面との熱いキッスを覚悟していたのになぜか落下が止まった。


「え?は?」
「だ、大丈夫かい?」


目を凝らすとどうやら脂ギッシュなアキバ系のお兄さんに抱きとめられたらしい。うぇっ。


「だだだだだ大丈夫です!そしてありがとうございました!急いでるんで放してください!」


助けてくれたのはありがたいけどこのお兄さんちょっとっていうかかなり遠慮したいタイプです。ていうかこの人の息すっごく荒いんだけどどうした。嫌な予感しかしないのだが。


「…ハァハァ…萌えー……」
「なっ?!」


お兄さんがぼそりと呟いた言葉はわたしの耳にも届いていて一瞬でわたしの体は硬直した。
やばい!この人なんかやばいよ!なんとなく察しはついてたけど展開ベタすぎだろこれ!ていうかわたしのどこに萌え要素があるの?!ってこのお兄さんに言いたい。いや言わないけど。言えないけど!


「は、放して下さい!」
「ツンデレキターーーーーーーー!」


ツンデレ…だと?うん、わたしもツンデレは好きだよ。しかしどう考えても今のツンデレじゃないからね!デレてないしツンすらしてないよ!純粋な拒絶だよ!この人ちゃんと言葉の意味理解して使ってる?


「ご、ごめんなさいいいい!」
「いでっ!!」


言うが早いかわたしはお兄さんに蹴りをくらわせて怯んだ隙に逃げた。全力で逃げた。今ならアフリカのボルト選手にも勝てるんじゃないかってくらいのスピードを出した。今わたし風になってる!

なのに、だ。

お兄さんめっちゃくちゃ足速いいいいい!!!
そりゃあ人は見掛けによらないって言うけどこれはないだろ!物理的にありえん!あんな明らか運動不足なメタボリックお兄さんがこんなに機敏だなんて!


「はぁっ…く、ふ!」


どちらかというと短距離が得意なわたしです。既に足が限界を訴えている。頑張れわたしの足!家に帰ったら彼方にマッサージしてもらおうそうしよう。
そんなこと考えながら走っているとひとつおかしな事に気がついた。確かにわたしは短距離が得意だけど、わたしが限界を感じるほどこのトンネルは長かったか?

答えはノーだ。

このトンネルは100メートルもなかったはず。それなのに走っても走っても出口が見えない。何がどうなってんの?今の状況がおかしいって事はわかってるけどそれを理解する余裕がない。いーまーのー僕ーにはー理解できなーい。ごめんふざける余裕はあったみたいだ。


「…はぁ、はっ、ふ……!」


こんな事ばっかりやってるから緊迫感が微塵にも感じられないけど実際問題やばいよこれ。なんてったって最悪わたしの貞操もしくは命がかかってるからね!なーんちゃって、あははははは、は……………笑えねええええええ!


「まっ、まっ…待ってえええええ!」
「っひ、ぎゃあああ!」


どうやらお兄さんの方が足が速いらしくだんだん足音と声が近付いてきた。
いや違うぞこれ、わたしのスピードが落ちてるんだ。もう足がガクガクしている。悪かったね運動不足で!

こんな事になるなら彼方についてきてもらえばよかったと後悔してももう遅い。後悔先に立たずってこういう事を言うんだね。身をもってまでして知りたくはなかったよ。


「あ…!」


ああもう駄目だ。膝がカクンと崩れた。彼方が無理矢理にでもついて来てくれてたら多分こんな事にならなかったのに!!
そもそもの話、漫画を今日買いに出なければよかっただけのことなのに彼方に責任転嫁しはじめたわたしの思考回路はもう駄目みたいです。琴玻ちゃん終了のお知らせです。


「うぷっ!」


今度こそ冷たい地面と熱いキッスを交わすんだと覚悟していたのに倒れる途中で何かにぶつかった。いや、抱きとめられた?柔らかくて温かくていい匂い。………匂いとか変態っぽいぞ自分。


「大丈夫?追われてるみたいだけど助けてあげようか?」


聞いた事のある声だけどわたしの知ってるそれとはどこか違っていて、つられるようにして見上げてみればそこにはわたしの大好きな人がいた。

あ、ありえん!





白雪姫の末路(あの時王子様が来て助けてくれなかったらどうなっていたの?)(土葬)




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