彼女は膝の上に抱えた白い花束をそっと地面に横たえると、目を閉じた。
大きくひとつ、息を吐く。淡い金の髪が風に揺れた。
『変わらない』
少女は閉じていた目を開く。
『変わらないよ、おじさん』


変わったもの、変わらないもの


―――あれから、もう1年経った。
私は少しだけ背が伸びて。髪も伸びて。知識も増えた。
ずっとずっと暗闇だった世界は、あの日以来、色鮮やかに世界を映して様々なことを私に教えてくれた。フィディオお兄ちゃんやルカ達に、サッカーも教えてもらった。
みんなの大好きなサッカーは、こんなに難しいのかと、けれどこんなに楽しいのかと。そう思って。早く、早くもっとサッカーのことを知って。そして。おじさんと…Kのおじさんとお話がしたいと、そう、思っていた。

おじさんが死んだと知ったのは、つい最近だった。


「おじさん私、怖かったの」
少女は目の前の墓石に向かってぽつりぽつりと言葉を零す。
「この目が見えるようになったら、全てが変わってしまうんじゃないかって」

実際に、目が見えるようになっていろんなものが変わった。
私はおじさんが死んだと知った後、おじさんについて色々なことを調べた。
目が見えるようになったおかげで、本や新聞だって読めるようになっていたから、おじさんの事は調べられるだけ調べた。
そして、知ってしまった。
おじさんの本名が影山さんだということ。その影山という人は日本で沢山の人を悲しませたり、苦しめたり、いろんなひどい事をしていた事。さまざまな人に恨まれる、悪い人だった事。
全て、知ってしまった。驚いた、という言葉じゃ足りないくらいにそれはショックな事だった。
私に光を、勇気をくれた英雄は、遠い彼の故郷では多くの人から希望を奪っていたのだ。
もちろん過去についても知った。彼のお父さんの事。けれどだからといって悪事を働くことの言い訳にはならない。なってはいけない。
おじさんは、悪人。

「でもね、おじさん」
確かに、知ってしまったことは大きいけれど。
「おじさんが影山という名前を捨てて、ミスターKになってから。Kのおじさんとして私にしてくれたこと、伝えてくれたこと、ちゃんと覚えてるから。」
彼の、サッカーへの愛情も、私への慈悲も、全部。
色褪せることなく、白く、白く、やわらかな光。
おじさんとの思い出。
おじさんへの、―――想い。
「だから、変わらないよ」


少女はほほえみながら、ほほを拭う。そして彼女は大きな碧い瞳で天を仰いだ。

広く遠い海の青さも、
赤く燃える夕陽の色も、
青空を羽ばたく白い鳥も、
全て、貴方が居なければ見る事はなかった。
そう思うと全てが愛おしくて。
この目に映る美しいものの全てが貴方からの贈り物に思えて。
不思議と、さびしくはなくて。

今も、振り返ればあなたが微笑んでくれているような気がした。



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