春の訪れを告げるかのような穏やかな風がフィールドを吹き抜ける。ベンチにはチームのメンバーと監督、それと周囲の少年達よりより片手の指の数ほど年下のように見える少女がいた。

「ルシェ、……サッカーは楽しい」

 茶色い髪の少年が少女に話し掛ける。

「うん」

 ルシェと呼ばれた少女は楽しそうに目を輝かせて頷いた。

「でも、とても辛いときもある」

「……うん」

 今度は少し、辛そうな表情で相槌を打った。過去の出来事を思い出し涙を滲ませる少女の頭を少年はぽん、と撫でる。

「だけど、でも、やっぱり俺はサッカーが好きだ。――――…………あの人も、そうだっただろう」

 目を伏せた少年は寂しげながらも、どこか嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「フィディオお兄ちゃん……」

「だから」

 少年――フィディオは顔を上げるとルシェの瞳を見つめてまっすぐに言い放った。

「今から始まる試合をしっかり見ていてくれ。おじさんが帰ってきたとき、全部教えてあげられるように」

「――うん!」

 ルシェは笑顔で大きく頷いた。ころころと変わる表情に笑みを浮かべながらもう一度ルシェの頭を撫でるフィディオの顔にも同じように笑顔が浮かんでいる。

「いってくるよ」

「がんばってね! お兄ちゃん!」

 青い芝へと一歩踏み出せば少年の顔は白い流星と呼ばれるそれに変り、背後から聞こえる声に背を押されてグラウンドの中心へと向かった。――病院のベッドで眠る一人の男のことを思いながら。

(ミスターK。ルシェはもう一度貴方のサッカーを見るのを、そして何よりも貴方自身に会うことを待ち望んでいます。それは貴方も同じことでしょう。――それなら生きていて下さい。眼を覚ましてください。俺達は、いつまでも待ちますから)

 青空の下で、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。



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