「やーぎゅ、前回の入れ替わりは上手くいったのう?よう見たか?あの顔、ははっ、あれはおもろかったのう」
朝練に向かう途中の柳生に声をかける。
柳生はちらりと俺の方を向いて「おはようございます、仁王くん」と口早に告げると、また歩き始めた。
「(・・・なんじゃ?)」
いつもと何かが違う
少しの疑問を抱きながら、俺は柳生の肩に腕を回し、耳元に顔を近づける。
「のう、次はどんなペテンをかけてやろうかの?入れ替わりもおもしろいき」
のう、柳生?
そう言う前に肩に乗せていた腕を、丁寧におろされた。
「む、どうしたのじゃ柳生?重かったか?」
はは、と笑い飛ばそうとしたら「仁王くん」と柳生に名を呼ばれた。
いつもの穏やかな口調ではなくて、真剣で凛とした、少しきつく感じられる口調じゃ
そんな風に柳生に名を呼ばれるのは初めてで「な、なんじゃ」と少しつまづいてしもうた。
「・・・もう止めてください」
真剣な瞳。
きつい口調。
止めるが何にかかるのかがすぐには理解できなくて、返事をするのにだいぶ時間がかかった。
それでも口をついて出たのは陳腐な言葉で
「や、柳生?どうしたぜよ・・・」
「ですから、もう私を巻き込むのは止めてください。・・・対戦相手を騙すなど、紳士の道から外れています。私は楽しくテニスがしたいのです」
「・・・やぎゅ、う・・・」
「・・・申し訳ないですが、もう仁王くんとダブルスはできません。・・・・・・今までありがとうございました」
真っ直ぐ俺の瞳を見て、告げられた柳生の言葉はずしり、と俺の心の中に落ちていった。俺に向けられる柳生の背中
・・・嫌じゃ
嫌じゃ、嫌じゃ、待っちょくれ、
俺の重いが形を通理、言葉となって柳生の元へ届くことは無かった。
行き場を失った思いは、ただひたすらに闇の中に溶けていく
「・・・ゃぎゅう・・・!」
そこで目が覚めた。
瞳に飛び込んできたのは、無機質な天井。
「仁王くん、大丈夫ですか?」
鼓膜に響く柳生の声。
「かなりうなされてましたので、心配しましたよ。それにしても、部室で寝なくても・・・」
上体をお越し、額に伝う汗を拭う
周りを見渡してここが部室だと確認する
・・・そうじゃった
朝早くつきすぎて、皆が来るのを待っちょったら寝てしもうたんじゃ
それにしても
・・・・・・とても残酷で、嫌な、夢。
柳生は・・・実は嫌々俺に付き合っちょるんじゃろうか
本当は迷惑なのかのう?
ちらり、呆れてる様な柳生を見上げる
「?仁王くん、どうかしました?何か私の顔についてます?」
「・・・いや、大丈夫じゃ」
「そうですか?・・・それより、早く次のペテンの内容を決めてしまいましょう。せっかくですから、もっと凝ったものにして、相手を騙したいものですね」
ふふ、と柳生が俺に笑いかける。
そんな柳生の顔を見ると、ほ、と何か胸の奥がすっきりした気持ちになる。
「のう、柳生」
「はい、なんですか?」
言いたい事があるんじゃき。
のう、今までありがとうな。
これからもよろしくの