世界中の皆が敵になっても、 | ナノ











「…なんでですの」



俺の向かいに座ってる財前は、腑に落ちないとでも言うように、顔を歪ませて呟いた。



「…どないしたん?」



すると財前はキッと顔を上げて、俺を睨みあげる。



「どないしたかなんて、王子がよう分かっとるはずやろ…!」



そしてまた財前は、固く閉じた拳に目をやる。


―――王子

この一言が頭の中でがんがんと、ループする。

皆から白石王子って呼ばれるのが好きやった。
やから、皆が誇れる完璧な王子になろうと頑張った。


そやけどいつからやろう

白石王子って呼ばれるのが、うっとくなってきたんは
皆の俺を見る目が、憎しみの色に染まってきたんは



「…王子は悪ない…」



弱々しく呟いた財前は、俺の付き人や。

黒くてツンツンした髪の毛から覗く、五色のピアス。
無愛想で思った事をそのまま言ってまう、不器用な性格やから勘違いされやすいけど、俺は知っとる。

ほんまは人の事をよう考えられる、ごっつええ子やねん。


泣きそうな財前にそっと手を伸ばし、綺麗にセットされた髪の毛をくしゃと撫でる。



「…せっかくセットしたん、ぐしゃぐしゃになるからやめてください…」



いつもの照れ隠しの、生意気なセリフ。

こんな事態やからやろか。
生意気な態度もいつもより、愛しい。



「…俺に付き合わせて、ほんま、堪忍なあ…。」



許しを乞う様に、そっと、そっと、呟いた。


すると財前は伏せていた顔を上げ、涙で濡れている目できつく俺を睨みあげた。



「…まだ…!そないな事言うとるんですか…!」



財前の頭に置いたままの手は、財前に掴み取られ
きつく、手を握られた。



「王子が何したって言うん…!そもそも国民らが自分勝手すぎるんです!大昔、自分らの忠誠と、白石家の絶対的な力の取引をしよ言うたんはそっちやないですか!
王家となった白石家のおかげで、一般市民の不安は取り除かれたんや、見返りとしてえらい事言うんは当たり前やろ…!
黙って白石の言うことに従とったらええんです!忠誠を捧げる代わりに、守ってもらう。これは契約やろ!
それに国民に理不尽な政治したんは、王子やあらへん!王子まで殺そうとするやなんて、どっちが理不尽か分からんわ!」



はあっはあっと荒い息づかいが、2人しかいない馬車の中に響く。

そっと財前に握られてる手に力を込めてみると、さらに財前は力をこめて握り返した。


まるで″どこにもいかへんで″って駄々をこねる子供のように。



「…財前、それはちゃう」





「俺が直接政治に関わってへんとは言え、俺には暴走し始めたおとんを止める義務がある。
それを放棄したんは俺自身や。国民に殺されても文句は言えへん。」


「せやけど…っ」


「王家と国民の契約内容は、忠誠を誓う代わりに俺らは国民を守らなあかん。例え命に代えてもな。それをおとんは納税を上げて、払えんやつは死刑。払えても国民はどんどん貧しくなって、明日生きてくのも必死や。気にくわん奴は死刑、死刑、死刑…。初めに約束を破ったんは俺ら王家の方や。国民が自分らで立ち上がらんと、国民を守るはずの王家は腐ってしもたんや。自分の身は自分で守らなあかん。…そやから国民の判断は間違うてへん。これでいいんや」


財前は顔を歪ませて、絞り出す様に声を出す。



「…俺は…、王子に死んでほしない…。幸せになってほしいねん、さらにわがまま言えるなら、俺は……王子とずっと一緒におりたい…っ」

「…財前……?」

「やって……、俺、王子のこと好きやねん…!」



″好き″そう告げたら、財前はボロボロて泣き始めた。



(……好き……)



やって、財前が俺のことを?
向かいに座ってる、つっけんどんで生意気な財前は、俺を好きやと言い俺のために泣いとる。


「…俺は、もう王子ちゃうよ。国民に好かれとった完璧な王子でもない…」

「…そんなんどうでもええっすわ…。ぶっちゃけ王子さえおってくれたら、王家が滅ぼうと国民が死のうとどうでもええ。」


宝石の様なダークグリーンの瞳で、まっすぐに見据えられる。


「…はっきり言うなあ」



ちゃかす様に言うと財前は



「やってほんまのことですもん。王子さえおったらそれでいいっすわ」



少しも照れずに言うもんやから、逆に俺の方が照れてまう。


初めて財前を見たときは、イケメンな子やなあって思った。
でも俺を映す目が冷たくて、どこか寂しげやった。

なんであんな目をしているのか、気になって財前のことを意識的に見るようになったら、どんどん惹かれていって、いつしかこの感情が世間一般的に「恋」と呼ばれるものやと気づいた。

そやけど俺は王子で、しかも男や。

望みのない恋やと必死で隠してきたんに、こうもハッキリ言われると俺も隠しておけんやないか。



「…なら、」




「何があっても俺と一緒におってくれる?」



ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかくらいの、小さい声で言うたのに財前は

握ってる手を、強く、優しく握ると



「もちろんっすわ」



と満面の笑みで微笑んだ。



「王子が嫌んなっても離しません。世界中の皆が敵になっても、俺だけは王子の味方や。」

「…なんや、それ…キザやなあ」





***

ちょっと授業で社会契約論だか
やったので(笑)

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