他称、良いヤツ | ナノ











「謙也ー、ちょっとこれやってくれん?」
「謙也、日誌書くの変わって!」
「忍足くん、この教材準備室に運んどいてくれへんかしら」



俺は、笑顔を顔面に貼り付けて、にっこりと笑う。



「ええよ」




〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「ふー…」



先生に頼まれた、大量の教材を抱えながら、よたよた階段を上る。


なんやねん、この量。
1人に頼む量ちゃうやろ


俺は再び息を深く吸い込んで、教材を持ち直す。



(後はー…なんやっけ。そや。掃除当番と日誌も変わったんやった。)



今からやらなあかん事を考えると、憂鬱になってくる。


俺も断ればええのに、なんでなんでもかんでも「ええよ」って、言ってまうんやろ。





『謙也って良い奴だよな』





―――――イイヤツ


ふと、クラスメートから言われる言葉を思い出した。


俺は皆から嫌われるのが怖いんや。断ったらなんて思われるんやろうて考えると、たまらなく怖い。

やから俺は上辺だけの笑顔を浮かべて、いつものセリフを吐く。



なんて弱いんやろ。
俺はイイヤツなんか?





その時、持っていた教材の重量が、少し減った。



「…え」



横を見ると、艶やかな黒髪をツンツンに逆立てていて、耳には合計5つの色とりどりのピアス。



(財前クンや)



クラスの女子が騒いどった。
今年の一年に、かなりイケメンが入ったって。


…これが財前クンか


確かに、噂通りのえらいイケメンくんや。



「1人でそないに持っとったら、転びますよ。半分持ちます。」



いきなり財前クンに話しかけられる。

目をやると、確かにさっきまで俺が持ってた教材を、財前クンが少し持ってる。



「っ、いや、ええよ!俺が頼まれたんやし!」

「ええっすわあ、気にせんとキリキリ歩いてください。」



財前クンはつっけんどんに言い放つと、スタスタと階段を上っていく。

俺もその後をついてくように、階段を上がる。



(…財前クンのが、多い。)



噂のイケメンくんに俺何やらしとんのやろ。こんなとこクラスの女子に見られたら、死刑もんやわ。



なんて、ぶつぶつ思いながら歩いとったら、目的の準備室の前についとった。



「財前クン、堪忍。ありがとうな、助かったわ。」



そう言いながら財前クンから教材を受け取り、適当に近くの机に山積みにしておく。



「先輩、1人なんですか?」

「え?なん?」

「ですから、係。かなりの量1人で持っとったから。」

「俺、係ちゃうよ。先生に頼まれただけや」

「…ふーん。」



ちらり、時計に目をやる。

あかん!そろそろ掃除せな、下校時間に間に合わへんわ



「あ、財前クン堪忍な。俺まだせなあかん事あんねん!」



俺は財前クンに、お礼を告げて準備室から出ようとしたら、



「何するん?」



背中に声が投げかけられる。



「えっと、教室掃除と日誌」

「うわ、今日めっちゃ当番かぶってますね。ドンマイです。」

「はは、俺の当番ちゃうけどな。変わってくれって頼まれてもうて。」



ぴく、と財前クンのまゆげが動いた気がした。



「…いつも?」

「まあみんな忙しいんやろ。しゃーないっちゅー話や」



はは、と乾いた笑いを零す。



「先輩は嫌やないんですか」

「…しゃーないやん。」

「何がですか」



財前クンの黒い目が冷たく俺を射抜く。



「当番とか…、断れへんやん。困っとんのに。」

「断ればええやん」

「そんな簡単に言わんといて…!」



うっかり声を荒げてしまう。

はっと我にかえって、「す、すまん…」と謝る。



「ええから…放っといて」

「無理っすわ」

「なんでやねん」

「先輩はテニス部員やからです。」

「…はあ?」



財前クンから発される、意味不すぎる一言。

テニス部員ってなんやねん
俺軽音楽部にしか、入ってへんで!



「すんません、間違えました。これからテニス部員になる人でしたわ」

「んんんん?」



訂正されるかと思いきや、再び意味の分からない言葉が出てきた。



「そやから先輩テニスやりましょう」

「財前クンの言うとる意味が、これっぽっちも分からんわ。」


俺がそう伝えると、財前クンは「はあー…」と大きなため息をついた。呆れてるみたいやけど、俺は悪ないで!



「ですから俺は先輩んことが好きなんです。やから同じ部活やりたいんです。そんでもって先輩が、雑用みたいな事やらされとるから苛々してます。」

「お、おん…?」



って待ちや。

なんや俺すごいこと聞いた気がする。



『先輩んことが好きなんです』


さっきの財前クンの言葉がフラッシュバックして、ぶわわわと顔が熱くなる。



「す、すすすす好きって…!?」



もう慌てすぎて自分でも何言っとるかわからん。

そんな俺の様子を見て、財前クンはふ、と鼻で笑った。


あ…、この表情綺麗や


って何考えとんねん!



「そのまんまの意味っすわ」



まんまって…まんまって!



「っていうことで先輩は明日から、テニス部員なんで遅刻厳禁ですよ」

「いや、入る言うてないし!しかも、頼まれたら断れへんっちゅー話や」

「そやから、断れっちゅーとるのです。」

「無理や」



きっぱりと言い切る俺。

自分のことは自分がよう分かっとる。きっと困っとるから、代わってくれ言われたら断れへん。

それに…断って、優しないやっちゃなって思われとうないねん。

とどのつまり、皆に嫌われたくないっちゅー話や



「誰も先輩んこと嫌いませんよ。」

「…え」



一瞬、頭の中が読まれてるのかと思った。



「先輩は偽善者ちゃいますもん。そらみんなに嫌われとうない、って理由もあるんやろうけど。それだけとちゃいますやん。先輩は、ほんまに困って頼ってきてると思ってるから断れへんのや。そんな先輩のこと嫌うやつおったら、俺がはったおしますわ」

「はったおすて…」



なんて、軽く突っ込みを入れてみたものの

胸の奥につっかえていた何かがすーっと、落ちていくような気がした。



「…財前クン、おおきに」

「お礼は謙也さんの、テニス部入部でいいっすわあ」

「なんでそうなるねん。つか、名前…?」



さっきまでずっと先輩って呼んどったのに、謙也さんって呼ばれた。知っとったんかい。

なんで名前知ってるん?って意味を込めて聞き返したら



「そら好きな人のことですもん。名前くらい知ってて当然っすわ」

「…その、好きとか、どこまでが本気なん?」



噂なイケメンくんが俺のこと好きとか、ありえへんやろ!だって、俺やで?



「どこまでもなんも、最初から最後まで本気っすわ。…それよりも。なんで謙也さんは俺のこと知っとるん?」



下から上目づかいで覗き込まれ、妖しい光にぞくっとする。

フェロモンだだ漏れっちゅー話や…!



「…そっ、そんなんクラスの女子が話しとったんが、自然と耳に入っただけや」

「そうやとしてもどうでもええ奴のことは、覚えてませんよね?」



そこで財前クンが言いたいことが分かる。



「べ、べつに財前クンのことが気になるっちゅー話やないで!」



慌てて弁解するものの逆に怪しく聞こえる。

あああ、もう、顔めっちゃ熱い!



「ふうん、さようですか。ま、ええっすわ。俺のテニスで惚れさせてみます」



挑発的な口調、視線、態度。
そのどれもがイケメンや

きっとこの挑戦を受けたら、俺はテニス部に入らなあかんねんやろな。


そやけど。



「望むところや!」



俺と財前クンが付き合うのは、もう少し後のこと。





***

公式では謙也くんたちが財前くんを
テニス部に誘うけど、その逆でも
可愛いなあと。

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