咬み殺す





ギィィィンッ。


鈍く光を反射するトンファーと硬化された爪がぶつかり合い、普通ならばあり得ないような音を立てて弾き合う。
爪が襲いかかり、それをトンファーが受け止めた。そのまま体の外側へ受け流し、僅かに空いた腹へともう一方のトンファーが吸い込まれるように襲う。
それをやはりもう一方の爪が弾きつつ、体を捻り死角から脇腹に向かって蹴りを放った。
これは流石に避けられなかったのか、派手な音を立てて壁に衝突する。

「ふむ。咄嗟に身を捻って直撃を避ける、か。死角から放ったはずだが、見事な判断だ。……強くなったな、イルミ」
「……ふーん。ねぇ、小手調べはもういいから早く闘おうよ」

もうもうと、衝突した反動で巻き上がった煙の中から、無傷のイルミが姿を見せる。
長い黒髪がさらりと揺れた。

「しかも俺の蹴りを受けて無傷か。末恐ろしいな」
「手加減した奴に言われてもムカつくだけなんだけど」
「いやいや、今のは結構本気だったぞ」
「ふーん。じゃあ思ったより強くないね」
無表情が僅かに動くこともなく、イルミが言い放った。

「お前……。反抗期か?」
ここまで毒を吐くような子供だっただろうか。
久しぶりに手合わせをしたいと言ったかと思えば、自分が勝てば今後行動を制限するな等と言い出すし。
反抗期とはこんなに早く訪れるものなのか。父さんは悲しいぞ。
「反抗期?誰に反抗しろって言うの?まさか父さんに?笑って否定してあげるよ」
無表情のまま、ハハハといっそ見事なまでの棒読みで笑うイルミ。
ぐさり。シルバに精神的大ダメージ。
「ともかく。俺は誰にも従う気は無いから」
そう言いながらイルミはトンファーを構えた。
「さぁ、続けようか」
その言葉を合図に、二つの影が再び動き始めた。

◆◆◆

ギィンッと鋭い音を上げ、影が交差する。
それは唯人にはきっと、残像さえも見えないだろう。
どれだけ経っただろうか。
それだけの速さで打ち合ううちに、いつしかギギギッと、ぶつかり合う音が連なって聞こえる。
ギギギギッ。

キィン。
一際高い音を立てて影が離れた。

「………ねぇ、なんで念使わないの」
不機嫌そうな口調で、しかし表情にはやはり表れることなく、イルミが口を開く。
「お前も使ってないだろ」
お互い全身に小さな傷がついているが、まだ息も切れていない。
「父さんが使ったら使おうって思ってたんだけど」
「?お前の念はあの細いナイフが無いと使えないだろう」
「別のに決まってるでしょ」
イルミは憮然として言い放った。
「その歳で二つも念を作ったのか。それは流石に予想外だな」
シルバが軽く目を見開く。
「まぁいいや。そっちがやらなくても、僕…俺はやるから。……Nebbia・Costruzione・Aggiunta(霧・構築・付加)、Fulmine・Indurendo・Aggiunta(雷・硬化・付加)、Sereno・Attivazione・Aggiunta(晴・活性・付加)、Avviare(発動)」

そう呟けば両の手に嵌められた指輪が淡く光を出し始め、イルミの姿が霧に包まれた。
「………」
シルバが見ているうちに、霧はすぐに晴れてゆく。
だが霧が消え去った時、その場にいたのは十歳のイルミではなく、黒く短い髪に同色の肉食獣のような鋭い瞳の、スーツ姿の青年だった。
「………イルミ、なのか?」
「そうだよ、一応ね。これで多少は本気出す気になった?」
今日は我が子について新たな発見が多い日だ。頭の隅でそんなことを考えてしまったのは、きっと少しばかり驚いているからかもしれない。
「……お前の念は確か、操作系だったはずだな」
「うん、そうだね」
「そんなこともできるのか」
いくら操作系といえども、体躯をも大幅に変化させることなど果たしてできただろうか。
記憶には無いが。
真面目に考える俺に、イルミは言った。
「ねぇ、ボケたの?」
と。
稀に見る間抜け面だね。
真顔でそう続けたイルミに全俺が泣いた。
最近イルミ俺に対して酷すぎじゃないか?
これが話に聞く反抗期というモノか?
反抗期とはこんなに早く(ry
父さんは悲し(ry
「キモいんだけど。まだ舐めてるの?いいよ、咬み殺してあげる」
……………何処で育て方を間違えたのだろうか。




イルミの顔に表情が浮かぶことはほとんど無い。
そのように育てたからだ。
だがしかし。
今自分の目の前にいる青年姿のイルミは笑う。
およそ一般人には見えない獰猛な、瞳と同じく獣のような笑み。
そんな笑みと共に、シルバでさえも捌くことしかできない、反撃を許さない猛攻を仕掛けてくるのだ。
この歳でこれ程の強さ。
この子供にはきっと、天賦の才があるのだろう。
惜しむらくは、黒髪であることか。
銀であれば確実に次代となれるだろうに。
「考え事?余裕だね」
「っ」
右から襲ってくるトンファーを弾き、己の念を発動させた。



◆◆◆



「お前達はこの家を壊す気か?」

あれからどれだけか経っただろうか。
呆れたように言うゼノの前で、シルバは決まり悪く立っている。
脇にいるイルミに関しては不機嫌そうに、無関係だとばかりにあらぬ方を向き。
「……す、すまない。久しぶりに本気が出せたものでつい…」
「ふん。お前さんが本気を出せるとは、イルミはそれほど強かったか?」
「嗚呼、あのまま戦っていれば俺は負けていた」
手合わせは、互いの前にかなりの丈夫さを誇るはずの修業場が先に音を上げ、何事かと身に来たゼノに止められたのだ。
「負けを認めるんだったら約束守ってよね?」
「約束?」
突然口を開いたイルミに、ゼノが問い返す。
「俺に勝ったら指示を受けずに自由に行動したいと言われてな」
どうしようか、親父。
はっきり言って、高々十のイルミになど負けはしないだろうと思っていた。
そう続けたシルバに、ゼノは思案する。
「ふむ……。まぁ良いじゃろう」
「…いいのか?」
「わしらの仕事は信用が大事。たとえ身内と謂えども約定は守らねば沽券に関わる」
ちらりとイルミがゼノを見た。
「ただし、何か大事を為す時には報告せい。それと受けた任務は全てこなすこと。その条件を飲むのであれば許可しよう」
「……うん、じゃあそれでいいよ」
こくりとイルミが頷く。
「ならば夕食にするか。キキョウにはその時に報告するとして、行くぞ」




「あ、俺ジャポンに家買うから」
「「…え゛?」」
唐突に言われたその言葉に二人が驚いたのは言うまでもない。




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