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「――只今、戻りました」

主に、内裏の様子を報告する。
火は鎮火、されどその浄化の力が辺りの妖気を消しつつある。現場の調査をするならば急がねばなるまい。十二神将達よりも晴明の方が、こういったことには明るいのだから。
藤原の邸の報告も聞き終え、内裏に向かう支度をする。
そして丁度出掛けるその時に、件の藤原氏から使いが来た。
来たのだが。

「先に内裏に寄りたい」

藤原の邸にはまだ昌浩もいるだろうし、太裳が既に結界を張り直している。
それならば、内裏を確認する方が優先順位としては上だろう。
あくまで参内ではなく、確認だ。今参内した所で混乱しているだろうし、変に縋られても困る。適当に術で認識ずらしてちょろっと見てこようそうしよう。
そんな思考の下、大貴族の使者を口先で丸め込んで迎え用の牛車をそのまま使うのだから、可愛い孫に狸と言われても仕方ないのかもしれない。


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内裏炎上から数日。
孫がうーうー唸っていると報告が入っている。
まったくもって占や星見の苦手な昌浩に、教えを請えばヒントくらいはあげるのにと思いつつ、晴明には孫の想像通りのからかいをしない自信が無い。


そんな孫の様子に思わず笑いが滲むものの、六壬式盤を睨む目は鋭かった。

先日、早期に内裏へ調査に赴いたおかげで、まだ完全に妖気が浄化される前に幾らか気になる事を知れた。
まず、原因は鬼火だ。これは何もない所から火の手が上がったという証言から予測はついていた。人為的なモノでないのなら、妖の仕業に相違ないだろうと。
ただ、その次が問題だ。
どうやらその妖は仲間への警告として火を放ったらしい。
気配は消えかかっていたが、酷い怪我を負っていたようだと分かった。そして、その原因と思われる僅かな妖気。炎によって浄化されたからだろう、少しして消えてしまったが晴明には充分であった。

数日かけて入念に準備をし、執り行った占術。

その結果。

「…はるか西方、異郷の地から来訪した脅威が、禍となって人々にふりかかる、か」
この都に。
まだかつてないほどの化け物が。

顔つきを厳しくしたまま、思案する。
禁中に奏上すべきか、否、いたずらに混乱を招くだけだろう。それに、奏上したところで当の晴明以外では到底歯が立たない。つまり然程意味がない。

では、なんとするか。
晴明は自嘲するように薄く笑った。
「…さすがにわしも老いたしな」
周囲の誰が気づかぬとも、己が気づいている。自分の力の衰えに。
もうあと四、五十年若ければ躊躇することもなかったのだが。



黙り込み思案する晴明に、隠形しそれまで唯そっと佇んでいた太裳が御簾を動かす。
風はなく、それなのに揺れる御簾はきっと、他人から見れば不可思議なモノだろう。
しかしそれに気づいた晴明は驚くはずがない。
下げられた御簾、閉じられた蔀戸。その隙間から見える小さな影。
音を立てないように壁を登る子供の姿に、目を遣る晴明に声がかかる。

『いかがなさいますか』

闇に紛れて、風に紛れて、晴明の指示を仰ぐ者。
顎に手を当て数瞬考え、それに言葉を返す。
「…かまわんだろう。昌浩にはあれがついておる。何か面倒なことになれば、知らせてくるだろうて」

晴明の占に出た、もう一つの予言。
昌浩は光だ。闇を切り裂く力を持った小さな、あまりにも小さな光の予兆。
まだまだ未熟だが、老いた自分に代わり異邦の脅威を倒すだけの力を秘めている。そしてそれを補う為に、あの物の怪が側にいる。

しかし心配は無いはずだが、一応様子は見ておこうかと晴明は文机の上にあった符を一枚取り上げた。
口中で呪文を唱え、符を放つ。
それは小さな蝶に姿を変えて、子供を追い夜の闇に飛び立っていった。


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