二
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「太裳や」
主の呼び掛けに応え、太裳は姿を現した。
「どうかしましたか、晴明様」
そう言いながらも、何故自分が呼ばれたかはうっすらと予想はつく。
内裏の方の気が乱れていることに関係するのだろう。
「内裏の方が騒がしい。見てきてもらえるか」
やはり、と言ったところか。
「御意」
頭を下げた太裳の姿は、その次の瞬間には掻き消えていた。
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神気は無く、気配も無く、太裳は内裏にやって来た。
別に意図している訳ではなく、ただ、何故か無意識にそれらを零にしてしまう。
つまり太裳は、普段は逆に、意図的に神気や気配を出しているのだ。
内裏で上がっていた火の手はもう既にほぼ鎮められ、官吏達が慌ただしく動いている。
「……」
しかし、昌浩の気配がない。
勿論あの獣のような彼の気配も。
内裏は大丈夫だと判断した太裳は、昌浩の気配を探り、地に溶けるようにその場から消えた。
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昌浩の気配を辿り、着いた場所は確か藤原道長の邸宅であったはず。
晴明の結界の残滓と僅かに残る障気に少々焦り(端から見れば何処がだと突っ込まれる)、太裳はうっかり神気を消したまま物の怪の前に姿を現してしまった。
「!?」
驚いて毛の逆立つ様はまるで犬か猫のよう。
神気も気配も無く目の前に見知った姿が現れればそりゃ誰でも驚く。
唯人が幽霊を見たようなものだ。
昌浩が、怪訝そうに物の怪を見やった。
「……昌浩。とりあえず結界を張れる奴が来た。応急措置にはできる」
「え?うそ何処に?」
戦闘を終えてまだ周囲を警戒していた昌浩が、驚きの声を上げる。
やはり探っても気配も感じられない。
気配も神気も零にするくせに、同胞と主には姿が見える。相変わらずデタラメな奴だと物の怪は思う。
「十二神将一気配を消すのが上手い奴だ。昌浩が分からなくとも仕方ない」
物の怪がそう言った時、バタバタと慌てたような足音が聞こえた。
「あっ、ご、ごめんっ」
それを聞いて昌浩は藤原の姫を抱きしめたままだったことを思い出し、慌てて姫に謝罪する。
「じゃ、じゃあ、此処の結界、お願いしてもいいかな?」
未だに姿も気配も無いが、物の怪がいると言うのだからいるのだろう。
「……わかったってさ」
物の怪がそう言ったところでこの屋敷の主が現れ、昌浩達はその場から立ち去った。
その場に残ったのは太裳のみ。
「……彼は、まだ、あの事を引き摺っているのですか」
彼は、物の怪は。
けして太裳と目を合わせようとはしなかった。
ふぅ。
小さく息を吐いて。
神気が、渦巻いた。
「…それはともかく。今は此方、ですね」
僅かに残る障気を払拭し、その場に残る晴明の霊気を拾い上げ、繋ぎ、紡ぐ。
終わった時には、壊される前と何ら変わらない、微かに神気を帯びた晴明の結界が対の屋を覆っていた。
「こんなものでしょうか」
あとは晴明に報告し、結界の様子を確認してもらえばいい。
一瞬だけ、昌浩と物の怪の様子を確認すると、太裳は再び、地に溶けるようにその場から姿を消した。