夢詣り
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今日は大晦日。蕎麦も食べたし紅白も見た。除夜の鐘がなるまであと……あ、今鳴った。
じゃあもう今から新年だ。
あけましておめでとう!なんて、誰に言うわけでもなく呟いて布団に入る。
我が家からはどのみち初日の出なんて見えないから、明日、じゃないや。今日は好きなだけ寝るぞー!なんつって。駄目人間とか空耳が聞こえた気がするけどきっと気のせい気のせい。
それじゃあ、おやすみなさーい!
◆◆◆
一富士二鷹三茄子。
夢で見れるといいなとか思いながら寝たはずなのに、気づいたら周りは真っ白。
でも、こんな状況に覚えがある。
かつん。
自分以外に何もない白の中なのに、背後で足音がした。
「ーーー骸君!」
振り返った先にいたのはほら、予想通り。久しぶりに会う彼だった。
「こんばんは、空雫。」
「うん、こんばんは。そしてあけましておめでとう!」
「あけまして?…ああ、今日は元旦ですか。嫌ですね、外に出られないと時間の経過すら忘れてしまいます」
最も、僕のいる所はまだ新年は迎えていないと思いますけどね。
「まだ外に出られないの?」
病気なのか何なのか、彼は外に出ることができないらしい。理由は聞いたことは無いけれど、本人も話す気がないのは判るからこれからも尋ねる気はない。
ただ、ちょっと風変わりな友人として彼と話せればいいのだ。
「ええ。ですが近いうちに出れるかもしれません」
「本当!?」
これは吉報だ。新年早々良いニュースを聞いた。
「クフフ。嬉しそうですね。……他人の事を何故そうも喜べるのかは理解できませんが、それも貴女の良い所なのでしょうね」
後半が小さくてよく聞こえなかったけど、良いニュースを聞いて嬉しいのは事実だし、そう言う骸君だって嬉しそうだ。これを喜ばずに何とする!
「それにしても、相変わらず貴女の精神世界は真っ白ですね。意味が分かりません。貴女は普段何を考えて生きてるんです?」
「ふっつーに色々考えて生きてるよ、失礼だなっ」
「…何も考えてなさそうですよね。悩み事もなさそうで、羨ましい限りです」
「失礼!!」
「言われたくないのなら、いい加減何か景色を投影してくださいよ。白一色では詰まりません」
「ええー。そう言われても」
私だって好きで真っ白なままなわけじゃないのに。むしろ骸君の方が精神世界とやらに詳しいんだし、私の世界だって言うなら許可あげるから適当にやってくれればいいのに。
何か、何か。いい景色とかないかなぁ。
「あ、そうだ。一富士二鷹三茄子!」
「…何です、それ?」
「初夢、つまり年明けて初めての夜に見た夢に、富士山か鷹か茄子が出てくると縁起がいいんだって。数字は順序。それで一富士二鷹三茄子!間違ってたらゴメン。これって一応私の夢の中なんでしょ?なら、縁起が良い夢にしちゃいましょう!」
さあ変われー!!私の精神世界!
ぺかーっと一瞬光ってすぐに収まる。これでどうだ!
「……」
「……」
「……なんというか、ある意味すごいですよね」
視界に入るのは、確かに富士山だ。しかしそれは正に絵に描いたような富士山だ。
子供でも描けそうな、はたまたどこかの銭湯の壁に描かれてそうな、のっぺりとした青と白の富士山。
これは酷い。自分でもそう思う。骸君が真顔で呟いたのが逆に心に刺さる。いっそ笑い飛ばしてほしかった。
二人の足の下にはこれまた落書きのような鳥がいる。たぶん状況からして鷹なのだろう。絶望した!!
「はぁ…。仕方ありませんね」
音も無く崩れ落ちる私を横目に骸君がそう呟いた。
何するか知らないけど、これ以上私に追い討ちを掛けないでおくれ。私のライフポイントはもうゼロよ……!
「ほら、顔を挙げなさい。新年早々下を向くんじゃありません」
ぐいっと腕を引かれて立ち上がる。
すると、目の前の景色が一変していた。
「わぁ……!」
眼前に広がるのは雪を被った壮大な山々。その間から昇る太陽が辺りを照らす様は荘厳だ。
己の真下を見れば先と打って変わって。二人の足元を支えるのは立派な体躯と翼を持つ猛禽類で、軽やかにその翼を羽ばたかせている。
「生憎、富士は生で見たことが無いので。アルプスの山で勘弁してください」
「すごい!とっても綺麗だよ!」
言葉だけじゃ言い表せないくらい綺麗で、何か言いたいのに、結局ありふれた言葉しか出てこない。
景色に魅入っていると、ふと、ポン、と片手を取られて何かを乗せられる。見れば、一つの茄子がちょこんと存在を主張していた。
「何故茄子なのか甚だ疑問ですが、取り敢えずどうぞ」
真面目くさった顔で言う骸君に、思わず笑ってしまう。
「ぷっ、ふふっ」
それに憮然とした顔をする骸君に、また笑う。
こんな素晴らしい初夢を見れたのだ。きっと今年は良い年になるに違いない。
「ありがとう、骸君」
◆◆◆
「ーー骸君って、外国暮らしなんだよね。日本語上手だけど、日本の文化には詳しいの?」
笑いがひと段落ついて、ふと思う。
「さぁ……。どうでしょう。生きるのに必要な知識ばかり溜め込んでいたもので」
一体どういう生活してたんだろう…。すごく気になる。まあそれはともかくとして。
「そっか。まぁ初夢のことも知らなかったしね。じゃあ、初詣は知ってる?」
「馬鹿にしてるんですか?」
「ゴメンナサイ、他意は無いんデス。…ほら、骸君って外に出られないんでしょ?日本の初詣の様子って知ってるのかなって思って」
「まあ詳しくは知りませんね」
「でしょ?だから、さ、ちょっと勿体無いけど……!」
願う。想像する。ここは私の世界。だから、はっきりとイメージすればほら。
世界が光ってすぐに収束した。
目を開ける。
今度こそ上手くいった。
ざわざわと聞こえる喧騒。
真黒の空と、その闇を払うぼんぼりの灯り。
石段に連なる長い参拝客の行列。
建ち並ぶ屋台と広がる匂い。
毎年お参りに行く神社の、馴染み深い風景がそこに広がっていた。
「よしっ!成功!」
「ほぅ…これは中々……。さっきとは大違いですね」
「シャーラップ!!それは忘れなさいぃぃ!!」
「クフフフフ。それで、何をするのです?」
「そりゃあ、私記憶の範囲内でしかないけどさ、楽しもうよ。ほら、こっち」
骸君の手を引いて歩き出す。確かこっちに綿飴屋があったはず。
少しでも骸君が楽しんでくれるといいな。
「これが綿飴ですか。成る程、犬が喜びそうですね」
ケン、というのはたぶん人の名前なのだろう。たまに聞く名前だ。チクサという人と併せて、きっと骸君にとって大切な人なのだろう。
「こっちにはチョコバナナがあるよ」
「チョコ、ですか」
おお、ピクッと反応した。チョコが好きとは聞いていたけれど、本当に好きなんだなぁ。
「………。このチョコ、溶かして固めてを繰り返し過ぎですね。口溶けも悪いしバナナとも調和していない。合わせる意味が分かりません」
「……」
ブツブツとチョコバナナのチョコを解析し続ける骸君。君がチョコ大好きなのはよーく解ったから、そろそろ止めないかい?
その後も、チョコクレープとか焼き鳥とかじゃがバターとか、その他色々を二人で食べ歩いた。お腹がパンパンになることはないから、満足するまで食べられる。なんというパラダイス!オマケに、どれだけ食べても太らないなんて!
ある程度満足したら、焼きそばとかフランクフルトとか林檎飴とかを幾つか買って、参拝客の列に並ぶ。食べ過ぎだって?あーあー聞こえなーい!
ぶっちゃけ夢だから列を無視してとかもできるけど、風情が無いよね。
まぁ、本当はいない人間の順番待ちというのもなんか微妙だけど。…なら考えなければいいのさ!
食べながら、喋りながら、順番を待つ。不思議とすぐに過ぎていったような気がする。
「お参りは二礼二拍手一礼が正式!さぁやってみよー」
最初に浅い礼。次に深い礼。二回拍手して、なんか文言を読み上げる。最後にもう一回礼。だったはず。
「神などいないのに、何故こんな事をするのでしょうか」
ぽつりと隣で骸君が呟いたのが聞こえた。
「神様がいるいないは個人の考え次第だけどさ。困った時の神頼みとかって言うし、案外適当でいいんじゃない?」
「都合のいい頭ですね。理解できません」
「まぁ、あれだよ。今年も良い一年になりますように〜とかっていうくらいの願掛けだから。祈るだけならタダなんだし。思うだけ思っておけばいいじゃん」
「……それもそうですね」
二人で目を閉じて、お祈りをする。
今年も良い一年になりますように。
骸君が早く自由になりますように。
自分の想像で作った夢の中の神社だけど、ちょっと本気でお祈りしてしまった。はっきり言って御利益とかあんまりなさそう。ま、いっか。
随分と精神世界に長居してしまった。
そろそろ目を覚まさなければいけない。
けれど、次いつ会えるか分からないし、お別れが少し寂しい。
そんな私に気づいたのか、骸君が何か細工をしたらしい。
神社の石段の最上段。そこから見下ろした先に、真っ赤な光が見える。太陽だ。初日の出だ。
家からは少し距離があるし、いつも混むから、この場所からの初日の出は見た事がなかった。
今見ている景色は幻覚でしかないけれど、震えるほどに美しい。
その中で、骸君は切り出した。
僕はそう遠くないうちに、解放されます。
「僕が自由になった暁には、現実世界の貴女に会いに行きますよ」
「じゃあ、その時は本物の初詣を体験しに行こう?」
「……ええ、そうですね。貴女と行くのであれば楽しそうです」
「約束だね」
「はい、約束です」
二人で笑い合って、そんな私達を仮初の太陽が包んだ。
そうして、幸せな、夢の中の初詣は終わりを告げた。
一つの約束を残して。
++夢詣り(ゆめまいり)++
(ーーー現実世界では、はじめまして。僕が六道骸です)
(約束通り、貴女に会いに来ました)
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A happy new year!
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