夕焼け空の恋



とある日、私はお母さんに頼まれて買い物に行った帰りでした。

「なぁ、お嬢ちゃん。今ヒマ?俺らと一緒に遊ばねぇ?」

その時突然、3人の柄の悪そうな人に話しかけられました。

普通の人だと自負している私は、どうすればいいのかわからなくて恐ろしく感じました。

過ぎ行く人は皆知らぬ振り。

私が黙っているのに痺れを切らした男のうちの一人に腕を掴まれました。

「おい、てめーら。何やってんだよ」
そんな時に視界に入ったのは、銀色。

「げっ!」
「獄寺じゃねぇか」
「チッ。おい、あっち行こうぜ」

その姿を認めた男たちは、そう言いながら逃げて行きました。

銀色の正体はこの間転校してきた獄寺君。見た目も言動も不良っぽい人です。
不良っぽくても助けてくれた人。私的に勇気を振り絞ってお礼を言いました。

「あ、あの、た、助けてくれてありがとう…」
「…別に。てめーのためじゃねぇよ。十代目のためだ。」

十代目というのは、同じクラスの沢田君のことらしいです。こんなに怖くて強そうな獄寺君が尊敬する沢田君は、本当はどんな人なんでしょうか。

そんなことを思っているうちに、獄寺君は背を向けてどこかへ行ってしまいました。



そんなことがあった日から、何かと獄寺君が私の視界に入るようになりました。

時々、さりげなく回収したワークを運んでくれたり、実験で間違えた時に教えてくれたり、いつも少し乱暴で怖いという獄寺君の印象が、私の中で変わっていきました。
最近では、無意識に銀色を目の端で探していたり、何も言わないで運んでいるノートを半分持ってくれた時にどうしようもなくぐるぐるしてもわもわして、暖かいような不思議な気持ちになったりすることが増えました。


家に帰って、お姉ちゃんにそのことを話すと、それは恋だと言われました。

恋なんて今までしたこともないし、自分には無縁なものだと思っていました。
正直に言うと、お姉ちゃんにそう言われても私にはよくわかりませんでした。
でも、もっと時間が経つにつれて、たとえ何も話さなくても獄寺君と一緒にいる時が、私の中でとても楽しく感じることに気づきました。否、認めたのです。

そこで初めて、私は獄寺君が好きなのだということをようやく知りました。


◆◆◆


獄寺君のことが好きなのだとわかった日から数日後の放課後。

図書室で本を読んでいた私は、そろそろ帰ろうと思い教室に向かいました。
静かな廊下を歩いていると、私のクラスから話し声が聞こえてきました。

開けっぱなしの扉から中を見ると、そこにいたのは仲良さげに話す獄寺君と花ちゃんで。

それを見た途端、どうしようもなく悲しくなりました。

二人共美人で、私が入る余地なんてどこにも無くて、気がついたら走って教室から離れていました。
大きい音がしたし気づかれたかも知れないけど、今はただ何も考えないで走りました。


気づいたら屋上に来ていました。

夕陽がとてもきれいで、いつの間にか溜まっていた涙が溢れました。

「……っふ……うっく…うう…」

誰かを好きになるって、とっても苦しいんだな、悲しいんだなって、思いました。

タンタンタン。

誰かが階段を登って来る音がします。

慌てて涙を拭って隠れる場所を探すけれど、涙は止まらないし屋上には隠れられるような場所もなくて。

ガチャ。
そんなことをしている間に、屋上のドアノブを回す音がして、ドアの方を見れば、目に入ったのは最近見慣れた銀色で。

「、あ…、ごく……でら、くん…?」
「…なんで泣いてんだよ、てめぇ」

私を見た獄寺君は少しだけ目を見開いたように見えたけれど、いつもと同じような口調で言います。

いつもなら獄寺君と話せるだけで楽しい気持ちになれるのに、今は逆に苦しくて、悲しくて、なんで獄寺君は今ここに来たんだろう、なんて思いました。

「……なんでも、ない…よ」
それでも精一杯そう返しました。
「どこがなんでもないんだよ。んな顔しやがって」

だけど、獄寺君はいつもより低い声でそう言って、少し怖くなりました。
怖くなったけれど、早く一人にしてほしくて、もうこれ以上一緒にいたくなくて、話しかけました。

「…あ、あの、ごく、でら君。あの、花ちゃんは、いいの…?」
そう言うと、獄寺君が目に見えて不機嫌になりました。

「あ゛?なんで黒川が出てくんだよ」

「え…?……だって、さっき仲良さそうに、話してた、し、…………それに……」
そこまで言って詰まりました。

「『それに』?」
「……それ、に………好き、なんじゃ、ないの…?…花ちゃんのこと………」
やっとの思いでそこまで言うと、獄寺君が右手で額を抑えました。

「…マジか…。チッ、黒川の言う通りかよ…」
小さくそう呟くのが聞こえて、獄寺君が私の方を向きました。

「……あ゛〜…。オレは黒川なんか好きじゃねぇよ。だいたい、なんであんな男女好きになんなきゃいけねぇんだよ」
「え………?」
「あー、クソっ!なんて言えばいいんだよ、ったく」

言われた言葉が一瞬理解できなくてそう言うと、獄寺君は何か小声で言いながら頭を掻きました。
「……オレが好きなのは黒川なんかじゃねぇよ」
さっきと同じことを繰り返して言う獄寺君に、内心不思議に思いました。

「…レが…………はお……だ」
「え?」
声が小さすぎて聞こえなくて、聞き返すと半ば叫ぶように言われました。


「だからっ!オレが好きなのはっ!おまえだって言ってんだよ!!」


今度こそ、何を言われたのかわからなくて頭が真っ白になりました。

「……え………?………う、………そ……、…」

「嘘じゃねー。……おまえが、好きだ」

そっぽを向いてそういう獄寺君は、顔は見えないけど耳が赤くて。

ようやく言われた言葉を理解した私は、いつの間にか、止まっていたはずの涙が頬を滑り落ちていくのを感じました。

「…っな!?なんで泣いてんだよっ!?」
私の方を見た獄寺君は、私が泣いているのに慌てたようです。

「…ちが……う、…の。うれ、しくて………、…嬉しい、の…」
「は?」

「わたし、も…。……私も、大好き、です…獄寺、君…!」

そう言うと顔が真っ赤になった獄寺君がおかしくて、泣いているのに思わず笑ってしまいました。

「なっ!!笑うんじゃねぇよ!!」
真っ赤な顔の獄寺君に言われても怖くはありません。
嬉しくて、嬉しくて、笑みがこぼれます。
「…まぁ、おまえが泣いてるよりはましか」
笑い続ける私に、獄寺君はそう言って笑いました。

その笑みはまるで、ちょうど今の夕陽のように優しくて暖かな、初めて見る、私だけの笑みでした。



+.**.+




(この、幸せな時が、ずっと、ずっと、続きますように………)




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