甘いソレは





――カチャリ。キィ…。

鍵を回し扉を開ける音が静けさの中、やたらと大きく響く。


「……酒くさ」


灯りの点いたままのリビングのテーブルにつっぷする彼女の姿が見えた。
部屋は相変わらずピンク一色で、転がる酒瓶が違和感を醸し出す。

「ひっどい酔い方」

普段は大して飲まない(飲めないとも言う)うちに寝てしまう漓凰だが、今日は悪酔いしていたようだ。
皿にはぐちゃぐちゃになったハンバーグと思しきモノが浮かんでいた。酒の中で。


一つ、溜め息。




「……ん、ぅ……きょうや………」

「!」

空き瓶を隅の方に寄せていると、唐突に己の名を呼ばれる。
振り返れば漓凰が身じろいでいた。
起きたのかと手を止めて見ていると、首の位置を変えてまた動かなくなる。
どうやら寝言だったようだ。
瓶を全てどかして立ち上がる。




パチン。

幻覚を消して雲雀は窓に歩み寄った。


少し考えれば、こんな大掛かりな模様替えなんて僕がやるわけないのにね。

顔を真っ赤にして素直に怒る漓凰の姿が目に浮かぶ。
口の端が少し持ち上がったのがわかった。


カチリ。カララ。
窓を開ければ冷たい風が吹き込む。
まだまだ冬の気配の残る空気に、雲雀は僅かに目を細めて空を見上げた。



流れる雲から目を離し、窓は開け放したまま、漓凰の側へ戻る。
ふと、漓凰のすぐ傍らに、箱が置いてあるのに気づいた。
「これ………?」

部屋に充満していた酒の匂いが薄れて気づく。わずかな甘い匂い。
携帯を見れば、既に日は跨いでいたものの。

「そういえばバレンタインなんてあったっけ」


一つ瞬きそう呟くと、雲雀はおもむろに包装を剥がし始める。

勝手に何をしているのかなどと突っ込む者は当然ながらいない。
最も突っ込まれたところで、『漓凰の物は僕の物だよ。僕がどうしようと勝手だ』とでも返されようものだ。

箱を開け、入っていたのは少し不恰好なチョコレート。
予想通りと言えば予想通りなその出来に、くすりと笑みが溢れた。


一つ、指で摘まむ。

「…甘い」

暫くの間何も口にしていなかったせいか、それにしても甘い。けど。
悪くは、ない。

もう一つ、口に入れる。



「んん…」

そういえば窓を開けたままだった。
寒くなったせいか、雲雀の視線の先、漓凰の瞼がゆっくりと持ち上がる。


「……きょ……や……?」
「うん。おはよう?」

まだ半分以上寝ているのだろう。とろんとした目で雲雀を見る。
普段以上に無防備で小動物然とした漓凰。とりあえずその頭を撫でてみた。

「…えへへっ。…きょうやぁ…」

もっと撫でてほしいとでも言うように頭をすり寄せてくる漓凰に、ちょっと、いやかなりきゅんとしたのは雲雀だけの秘密だ。



「……」
なでなで。


「きょうやぁー…」
ほわほわ。


「………」
なでなで。



「んー、きょう……ゃ…!?」


どうやら覚醒してしまったらしい。
いきなり顔をがばりと上げた漓凰に、片手にチョコを摘まんだまま、少し残念だと密かに思った。

「ええぇぇぇっ!?恭弥!?え、あれ何でいるの!?帰ってくるのって早くて明日だって…。ってあれ外暗い!もしかして寝過ごした!?」
「うるさい」

表情がくるくる変わるのもわたわたと忙しなく動くのも小動物のようで面白いとは思うが、今は別だ。
なまじここら一帯が静かなだけに、余計うるさい。

「まだ夜中だよ。思いの外早く終わったから帰ってきただけ」

チョコをまた一つ、ポイッと口に入れて、窓を閉めに立ち上がる。

「窓開いてたんだ。どうりで寒いと思った」

「酔っぱらいはよく寒さで凍死するらしいからね、閉めなくちゃ」
「あたしそんなにバカじゃない!!」

「どうだかね。大して強くもないのにこんな大量に飲んだ挙げ句潰れてたのは誰」
「うぐっ……」

腰を下ろして、もうあと少ししか入っていないチョコをまた摘まむ。


「あっ、えっ!?そのチョコ……」

「そこにあった」
「それあたしの!!」
「でも僕が食べていいんでしょ」
「ま、まぁそうだけど…」
じっと見つめる漓凰を余所に、摘まんだソレをまた口に入れる。


「…あ、あの、さ!それ、そのチョコ、どう?ま、不味くない…?」

少し緊張したような顔。



「…………甘い、かな。すごく甘い」



「…そ、そっか。ごめんね。分量間違えちゃったのかも………」
甘過ぎるチョコレートはあまり好きじゃないと以前答えたのを覚えていたのだろう。
漓凰の声を遮って言う。

「でも、嫌いじゃない」

「え……!」
僕の一挙一動でくるくる変わる表情とか、パッと輝く目とか。ほら、今みたいに。
口にはしないけど、そういう所も好きだ。

「味見してみる?」
「う、うんっ」

また一つ。
チョコレートを摘まんで持ち上げる。
漓凰の口元に近づければ、恐る恐る口を開いた。けど。まだあげない。
ぱくりと自分の口に入れてしまえば一転、むくれた顔になる漓凰。
そんな顔さえ可愛いと思ってしまうのだから、相当末期だ。
頭の隅でそんなことを考えつつ、漓凰の顎を持ち上げる。



そのまま、文句を言おうと開かれた口を自分のソレで塞いだ。



驚きに見開かれた目。次いで理解して赤く染まる頬。
雲雀の目が無意識にか、柔く細まる。




「………んんっ……………」

雲雀の口内で融けたチョコレートが、漓凰の口の中へ流れ込んでくる。
確かに甘い。甘い口づけだ。

ソレはひどく甘くて、優しくて。クラクラする。


「っ」

ただただ甘受していたソコに、チョコレートとは全く別なモノが漓凰の唇の隙間から滑り込む。

ぬるりと意思を持って動くそれもまた、ひどく甘かった。



……―――君が在(イ)るから、甘いんだ





「ね、甘かったでしょ」




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雲雀が再燃した友人のリク。

ピンク一色の部屋とかキャラ的にどうなんだとか思うけど、度肝を抜く(+八つ当たり)って目的だから有り…にしたい。あとはギャップでも狙ってみる?(何の)

夢主ごめん。
アホの子でごめん。
でも脳内じゃ雲雀にはああいう元気な小動物系が似合うと思ってる。もしくはものっそい内気な小動物系。


前半ごめん。
なんであんなんになったのか、自分でもわからん。
最早雲雀夢関係なかったよね。
たぶん
バレンタイン→女子→女子力高い→ルッス
になったんだと。
全力でふざけた。扉が楽しかった。(^ω^)キリッ




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