別ルート





……―――。


手を引かれて行ったのは、開けた場所の真ん中。
大きな桜の木が一本あって、月の光に照らされていて、まるで桜の木が輝いているみたい。


「……きれい」

柔らかく輝く桜はとてもきれいで、なんて言ったらいいんだろう。
神々しいとか荘厳とか、神聖とか。
私じゃ語彙が少なすぎてそれくらいしか出てこないけど、そんな、どこか侵しがたい不思議な雰囲気を持っているような気がした。


「……どや?この桜」
「…………すっごく、すっごくきれい…」

そう言ったら、蔵がすごく嬉しそうに笑った。


「な、漓凰。もしも俺がこの桜の精やって言うたら、どう思う?」

「そーやなぁ。そっかぁ、って納得しちゃうかな。蔵ってば頭いいし運動できるし性格もいいし、完璧すぎていっそ人外ですって言われた方が納得できる気がする」


「そうか」

「いきなりどうしたん?」


そう問いかけた私に答えず、蔵はまた話し始める。

「じゃあ、桜の木の下には死体が埋まっとるって言う話は聞いたことある?」

話が読めない。
なぜこの場所で、この状況で、こんなことを言うのか。

「おん、まぁけっこう有名な怪談やないの?」

「あれな、あながち嘘でもないんや。死体の養分吸うてきれいに咲くっちゅーのは嘘やけど」


「?」
やっぱり話が読めない。
桜の木の下に死体が埋まっているのは嘘じゃないって、なんでそんなこと知ってるの。


「桜はな。人に見られ、褒められることで自我が芽生える。それが桜の精やな。そうして、人に恋をする」


「人に恋した精たちは、人の姿をとって会いに行く。そんで想いを伝え、愛し合う。」


「せやけどな、人と桜では寿命が違う。人は桜よりも早く死んでしまう。せやから、死んでもずっと一緒に居るために、桜の下に埋めるんよ」


「桜の下に死体が埋まっとるのはそういう理由。『死が二人を別つ時』、それを超えてもなお共に居る、結婚よりも一生の誓いや」




いきなり話される不思議な話に、頭はもう限界を迎えている。
ただ、なぜ蔵がそんなことを言うのか。

「…なんで、」


「なんでそないなこと知っとるかって?…俺も桜の精やからに決まっとるやろ?」


「う、そ……」

だって蔵は、私の十年来の幼馴染みで、親友で好きな人で。
人間、でしょ?

…………あれ?
蔵と初めて会ったのって、いつだったっけ?
いつから蔵が隣に居るのが当たり前になっていたんだっけ?
蔵の両親の名前ってなんだっけ?
どんな顔だったっけ?
あれ?あれ?あれ?



なんで、こんなことがわからないの………?



「なぁ、漓凰。俺、漓凰が好きや。漓凰は、俺のこと好きか?」

柔らかく笑う蔵は、とてもきれいで、本当に人間じゃないみたいで。



「…す、き…、だけど………」



あれ?あれ?あれ?
やっぱりわからない。


「そうか!なら俺ら両想いやな!」

笑う。笑う。きれいに、華やかに、艶やかに。



「ほな、おいで、漓凰」






「………うん」


その笑みに、頭の中で鳴り響く警鐘は薄れていって、意識が霞んでいった――――……………。









『――次のニュースです。えー、昨日4月14日の夕方、午後6時頃から女子生徒1名が行方不明になっています。大阪府の××中学校に通う女子生徒で、花見に行くと言い、1人で出かけてそのまま行方がわからなくなっています。名前は空雫漓凰さん、12歳。目撃したなどの情報がありましたら×××××までご連絡ください。特徴は―――………』


―――――………。



end.




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