策が重ねられるのならば、籠が重ねられた所で疑問はあるまい
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ふっ、と、唐突に意識が覚醒した。
肌に触れる乾いた空気を感じながら目を開ける。

其処は見知らぬ部屋であった。

小さな棚、机と椅子、今居るベッド。それとランプ。部屋にあるのはそれだけだった。窓から見える景色は一面の街並みで、日はほぼ真上にあった。
何故我は此処にいるのか。少し思考を巡らせれば、思い出す。
なんぞ悼ましい化け物を倒して、いきなり体内に入ってきた何かよく解らない不愉快な光る物体を捻じ伏せようとした所で意識が飛んだようだった。
誰が我を運んだのだろうか。
此処が元居た村でない事は確実。島とは違う、乾燥した空気からして、大陸の内陸部だろう。それに加え、窓から見下ろす景色からして恐らくヨーロッパ圏ではあると思うが、果たして。

ちゃりん。
金属質の軽やかな音を立てて左手首に填まる、覚えの無い腕輪を見た。
不思議と馴染むような……婆娑羅屋で買った専用武器のような感覚がする。
これもそうだ。判らない。判らない。判らない。
早急に知らなければいけない事が多々ある。知識無ければ、この世界での我が身の振り方も決められぬ。

如何にして情報を手に入れようか。
タンタンと小さく響く足音が、近づいて来るのを感じた。

◆◆◆

「……起きたのか」
軽いノックの後、返事も聞かずにドアを開けたその男は、少し驚いたように、しかし安堵したように呟いた。

「…貴様が我を此処に連れて来たのか」
壮年の男だ。ちらほらと白髪交じりの髪だが、見た目の年齢よりは鍛えられている様子の体つき。長年鍛えられた体を見る機会があったが(戦国武将とか刀の付喪神とか)、この男は武芸者か隠密か、どちらとも言えず違和感のある動きだった。

「そうだ。私はケビン・イエーガー。…君の名前を訊かせてもらえるだろうか」

名前、か。今生で付けられた呼び名はあれど、あれは名前ではなく、贄を識別する為だけの記号であった。
なれば我が名告るべきは、一つしかないだろう。
我が我たる所以。『私』が『我』となりし原初(はじまり)の名(呪/しゅ)。

「我は……、我が名は毛利元就。そう、呼ぶがよい」

『私』の名前は名告らない。何故ならそれは、既に遥か彼方の祝福。私だけが覚えていれば良いのだから。

「モウリ・モトナリ……失礼だが、聞き慣れぬ響きの名だな。ここらの出身では無いのかね?」
「…左様。物心着いてすぐに両親が殺され、我の元居た村で、悪魔への贄とする為だけに飼われ続けた。東洋の血が混じっておる故、名前も此方では耳慣れぬモノなのであろう。元就が名前、毛利は苗字だ」
本当は百パーセントヨーロッパ系ですけどね!多分。それと、両親は我が子を嬉々として贄に捧げる狂信者でしたけどね!
嘘には僅かばかりの真実を混ぜ込むのが良い。それっぽく聞こえる。

「……そう、か。ならば生きるのに行く宛はないのだね?」
「違うな。行く宛が無くとも生きては行けよう。我を此処まで運んだ事には礼を言うが、貴様が我の先行きまで気に掛ける必要はない」

…なんか非常に嫌な予感がする。そんな電波がびんびんしてる。早急に会話を打ち切れと勘が囁いている!そんな衝動のままに即答したが、どうやら手遅れであったようだ。


「エクソシストにならないか」


その言葉は、疑問符さえなく、決定事項でしかないことが判った。男の顔に僅かに苦悩が浮かぶのが見えたが、たとえ反対したとしても逆らえる立場にはないということだろうか。

「……断る、と言ったら」

「すまないが君に拒否権はない。私とて手荒な真似はしたくないのでね、この提案を受け入れてくれるとありがたい」

ほらね、やっぱり!


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