愛し、哀しみ、憎み、信じるなど
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それは蹂躙であった。
碌に血を見ることも無いヌルい人間が、賤しくも乞われ力を貸さんと降りた神を下に見る。
ある程度ならば赦そう。ヒトとは罪を犯すモノ故に。
しかし奴等は我等の恩情を踏みにじった。我等を何処までも下に見た。故に我等はそれに報いたに過ぎない。
……だから我等に、非は非ず。
ならば今、この現状は何なのか。
愕然とした。
我等より脆弱で脆く、愚かで死の気配も知らぬはずの人間に、手負いとはいえ、何故我等が屈しているのか。
───我等より下であるはずの、ヒトに。
その思考にまた、愕然とする。
同じではないか。我等が怒り、反旗を翻したかの者と。そうか、初めから我等は、彼等と大差なかったのだ。
同時に思い出す。我等は所詮、ヒトにより生み出され使われる、唯の道具に過ぎなかったことを。信仰を得て神の末席を戴いたとはいえ、その本質は変わらぬというのに。ヒトより生まれたモノが、何故、ヒトとは違うのだと何の根拠も無く自負できたのか。
方々に倒れ伏す同胞を視界に写しながら、彼の意識もまた、闇に沈んだ。
◆◆◆
中々に骨が折れた。
あまりにも刀(本体らしい)の損傷が酷いもので、しかも肉体の損傷も影響するらしく、ただ斬り捨てるということは出来なかった。こんなんでも一応被害者であり、その心境を想像することはできる。殺すのはやりすぎだろうか。一先ず傷付けぬように戦闘不能に追い込んだが、存外面倒であった。やはり容赦は苦手だ。
しかし、久方ぶりの戦場の雰囲気に釣られて、らしくもなく暴れてしまった。反省反省。さくっと切り換える。何故なら我は、似非とはいえど頭脳派故に。
まずは気絶してごろごろと転がる巨体(非常に邪魔)を適当に並べ、さっさと刀を回収する。無論狐にも手伝わせた。
「で、貴様は何だ」
スルーしていた案件にこんにちは。
一人だけ、意識があるモノがいる。重傷を負っているわけでもないのに、他の刀に守られるように奥にいた。
なるほど、他の刀共とは違い強者の雰囲気、プレッシャーとでも言えるものがあまり感じられない。こいつらはレベル制と聞いているから、レベルが低いのだろう。敵対する意思も見えなかった故に放っておいたが、いい加減そうもいかない。
「…わしは、此処の誰よりも新しゅうて、そして古い刀じゃ。前任の初期刀で、他の刀達を庇って初めに壊されたそうでなぁ。余程それが堪えたか、新しいわしにゃ皆過保護でのう」
そげな事ばされちょうが、それはわしじゃなか。
じゃけん、誰も聞いてはくれん。前任とも殆ど関わりも無きに、ヒトを憎みようもないっちゅうに。
ぽつぽつと語るその男。口調からして土佐に所縁があるのだろうか。
確かに言うように、変わらず男から憎しみも敵意も感じない。
「じゃからむしろ、おんしが力で鎮めてくれて感謝しちょる」
わしとは繋がりの薄い刀ばかりやが、堕ちていく姿は見とうなきに。
「貴様等の為などではない。解っておろう」
「それでも、じゃ。おんしがいるだけで部屋の空気が浄化されちょる。あんまりそげな事には詳しくないわしにも判る、清らかな霊力じゃ。これならきっと、皆も良くなる。そうじゃろ?」
感謝をばっさりと斬り捨てても、気を悪くすることもなく続ける男。
「……、……一つだけ、聞かせてほしいんじゃ。おんしは、わし等を傷つけるか?」
わしは、おんしを信じてみたい。もう十分過ぎるほど傷ついた他の皆と違って、わしはわしの昔の主ように悪い人間ばかりではないとまだ信じられる。おんしが否と応えてくれるならわしは、信じるから。
まっすぐな、まっすぐな言葉だった。
「………さてな。ヒトの心など偽る物、移ろう物。たとえ今この場で望む言の葉をくれてやったとして、真に貴様は信じると申すか?我自身さえ疑うものを」
「……っ」
「まぁ、末席とはいえ神の座を戴くのだ。わざわざ要らぬ軋轢を生もうとは思わぬ」
「…それは、」
「もとより、望んで来た訳でもない。我を売った人間共と政府は叩きのめすが、貴様等に関してはどうでもよい。最悪、邪魔立てせねば傷の舐め合いでも何でもするがよいわ。我自身から手を出す気は無い」
だが、と。
言葉を続ける。
「我にその刃を向けるならば、降り掛かる火の粉は払おうぞ」
「……、わしは、……それでもわしは、ヒトを、……、そうじゃ。ヒトを信じてみたかった。わしは刀で、守られることも憎しみに狂うこともしとうなかった、見とうなかった。じゃから、わしまで狂う前に、誰かに押し付けたかったんじゃ。……そうじゃ、おんしの言うように、わしは何も信じとらんかった」
「……」
今の遣り取りで、この付喪神は何を感じたのか。彼等の詳しい背景を知らなければ、それに興味も無かった。
しかし目前で、ヒトの形とココロを得た刀は一人、何かを呟いている。
「いや、今度こそ、わしはわし自身の意志で、おんしを信じてみたい。…、…わしは陸奥守吉行。宜しく頼むぜよ」
顔を上げ、その刀は初めて元就と目を合わせた。
既に直前までの、他の刀よりはマシであったが暗い靄がかかったような、茫洋として澱んだ目ではなかった。
本当に、これは何を感じたのだろうか。
もとより元就は、経験と計算に基づく思考の誘導と把握は得手としても、純粋に人の心の内を慮るというのは不得手とするところであり、本人も理解している。
冷たく突き放したはずなのに、出会って間もない、第一印象もあまり良くないであろう己に手を伸ばすなどと。不可解に過ぎる。斯様な感情と感性を持つなど。
これでは我(人間)より余程、ヒトらしいではないか。
そう思考しながらも、無機物の伸ばす心からのその手を、どこまでも客観的に、損得勘定で以て、元就は受け入れた。