今此処に、再び我が名を示そう
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其処に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ゲートとかいう其れを通り抜ければ、本丸という拠点に直接繋がっていると聞いたのだが。
凡そ生活するには不釣り合いな殺気、瘴気、邪気、澱み。
徒人なれば気が触れてもおかしくないような其れが、その空間に満ちていた。

「…化生。これが、我の担当する本丸とやらか?」
「はい、そうでございます。あと審神者様、私はこんのすけであり、化生という名ではございません」
「明らかに歓迎されておらぬな。引継ぎと聞いたが、前任者は何をした」
「お答え出来かねます」
「何故、碌な訓練もしておらぬ我が此処を受け持つ?仮にも専門職、学ぶことも多くあろうに、満足に知らされてはおらぬぞ」
「それはひとえに審神者様が優秀であったからでございます」
「候補として霊力と頭脳が優秀である事と、初心者にいきなり斯様な危険物を押し付ける事は同意ではない。何を考えておる」
「優秀でありました審神者様ならば出来るとの期待の下でございます」
「話にならぬな。化生。真を言え」
「全て真実でございます」

ぬらりくらりと、何一つ答えぬこの政府の式。直前に己で調べようともしたが、無駄に厳重に守られ、審神者という存在について、大したことは分からなかった。我に押し付けられた本丸については尚更。
死んでも構いはしないどころか死ねと言われているような態度である。無理矢理拉致して来たくせに、この我を人ではなく、使い捨ての道具と見るか。それならば、こちらも相応の態度を取ろうではないか。

「化生」
「ですから私は…!?」
「ふん。どちらが上か、叩き込んでやろう」

封じ手─懐。

ふうわり。新緑色の光が化生を取り囲んだ。そこに常の光の婆娑羅のみならず、霊力と神気を込める。

「我こそは日輪の申し子。中国の雄。謀神。詭計知将ぞ。一政府如きに下げる頭は持ち合わせぬ」

ほろりほろりと、狐の体から文字が溢れ落ちる。
不思議と何が起こっているのかが、するりと理解できる。
溢れ落ちる文字。それは呪(しゅ)だ。式を式たらしめんとする、存在の欠片そのものだ。
文字が溢れ落ちるのとは反対に、新緑色の光が狐の中へ消えてゆく。術式の書き換えは順調に進んでいるらしい。

そもそも、生まれて間もなく、己の身に婆娑羅以外の何かが在ったのは気付いていた。一方は日輪の御加護だとその後すぐに気付いた。
そして、先ほど、残りが霊力であると。
婆娑羅だけでも狐を支配することは出来ただろうが、神気と霊力を混ぜることができる気がした。だからそうした。そしてそれは、正解であったようだ。
この狐を模した化生はただの分体。政府の、簡単に言うならばサーバーか何かによって一律に遠隔操作されているらしい。それを今、所謂本体、或いは核に該当する部分をハッキングして書き換えているのだ。
そうでもしなければそのうち、本体がバグを感知して排除に動くのだろうことが予想できる。

「そうさな。貴様の真名は………■■■。■■■だ」

名とはその存在を現し、その本質を定める、最も短く強力な呪だ。故に、核へ辿り着き変容させ、新たな名を付けることによって、「こんのすけ」という式の乗っ取りは完成する。


「………はい。私は、私の名前は、…■■■でございます。主様、御下命を」

深々と頭を下げる式。これにて此は、我が駒と相成った。

「駒よ、貴様の知るを全て話せ」
「御意に御座います」


◆◆◆


「やはり、そのようなものか」
駒となった狐から聞き出したこと。
曰く、ここは所謂ブラック本丸に該当し、前任者が権力と力に飽かせて随分と好き勝手やらかしたようだ。報いは既に死という形で贖われているが、付喪神…刀剣男士は未だに荒れているらしい。
それをどうにかするのが役目だと。まぁ、政府も碌に期待はしていないようだけど。
つまりはやはり、生贄か供物か。我は少しでも付喪神を扱い易くするための、使い捨ての道具であると。

「刀剣男士様には、政府の命で、既に大広間に集まるよう召集をかけております」

「ならば行くか。多少時間を掛けてしまったが、此処にいつまでも居る訳にはいくまい」

こちらの印象が悪いなら尚更、ね。
ここで少し時間を使いすぎたかも知れない。




「狐、貴様は此処で待て」

廊下の先に、襖が見える。どす黒い殺気が目に見えるようだ。神の怒りに異界が歪んでいる。
これでは九分九厘、言葉を交わす気は無いだろう。

けれどどこか、懐かしさを感じる。
可笑しいな、「私」は元はといえば平和な20xx年生まれの一般人だったのに。今だって、体は鍛えていてもただの一般人から枠を出ないというのに。
「毛利元就」として生を受けて、安芸と大切な人達を護るためだけに生きたあの頃。人生の幕引きは予想外かつ納得いかないモノだったが、ああして生きたことに後悔は微塵も無い。
つまりはそう、戦国の、大切なモノ達とあの刹那に燃え尽きるような生き方が存外気に入っていたようだ。
この今感じる、本気の命の取り合いの気配が懐かしいのはきっと、そのせいだ。
口の端が知らずに持ち上がる。
此処で殺されるならば、それが定め。もとより今の生に意味は無い。だが、ただで死ぬ気はない。幸いというか、襖の奥の多くは弱っているようだ。殺気は素晴らしいが体が着いてこないだろうし、相手は唯人だと考えてもいるだろう。

負ける道理はないな。

冷静な思考の元、結論付ける。


貴様らの都合なぞ関係ない。ただ、利用するのみ。悲哀も慟哭も、我に纏わるものではない故に。尻拭いなど我はせぬ。結局のところ、己を知るのは己のみ。自らを変えるのもまた、自らよ。

さて、貴様らは愚者かそれとも?
ああ、それより先に頭に上った血を沈めるのが先決か。

「さぁ、来るがいい」


(鎮める(物理)=沈める)


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彼女は、再び戦乱を征くと決めた。


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