更夜
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時刻はとうに正午を過ぎ、あと数時間で日も沈もう。

店が閉まる前に布団や食器、ひとまず必要最低限の物を買い揃えようと、屋敷から一番近い大型デパートに向かう。
最も、購入した屋敷は町の外れ、山の麓にあるため、徒歩では少々時間がかかる。
人目がある場所で身体能力に物を言わせて走るわけにもいかぬからな。
資金に余裕ができたら自転車でも買うか。

朝からずっと外を歩き回っていたため、風魔もいい加減車やらバイクやらにも慣れてきたようだ。
やはり風魔は順応性が高いと思う。
だがな、風魔よ…!そんなモノは序の口なのだ…!

そんなわけでデパートの前。
「…さて、風魔よ。再三言うが、驚いたとしても大きな反応を見せるでないぞ」
「(こくり)」
デパートの中について道中軽く説明はしてきたものの、やはり実物は違う。


エスカレーターに身構えてみたり、人の多さに驚いてみたり、アナウンスに警戒してみたり。
傍で見ていたが軽く吹くかと思った。
まぁそんな醜態は晒さぬが。



さて。
まず真っ先に来たのは服屋。

それぞれ何枚かずつ買い、そのうちの一着にその場で着替える。
風魔は主に黒の服を、我は深緑や黒の服を選んだ。
風魔にはキャスケット帽も買ったのだが。

似合う。

全身黒づくめに黒の帽子。顔も見えないのに、やたらと似合う。
また髪の鮮やかな朱が黒に映えて、そのままモデルにもなれそうだ。

おかげで服屋を出た途端に風魔に視線が集中する。
さぞ居心地が悪いであろうな。
忍だし。


次に向かうのは雑貨屋と家具の店。
食器や湯飲み、タオル、布団などこまごまとした物を最低限だけ購入した。

その後、電化製品店にて冷蔵庫と洗濯機、パソコンなどの購入を終え、風魔が気疲れしてきたようなのでベンチに座らせ飲み物を買ってくることにしたのだが。
ちなみに大きい物は全て宅配サービスで、布団はすぐ、他は明日の午前中に届くよう手配した。


まぁ予想通りと言うかなんと言うか。
戻ってくると風魔が派手で臭い女共に囲まれておった。
鼻がバカになりそうなほどキツイ香水ですね!


「ちょっとぉ〜。この人カッコよくな〜い?」
「わぁ〜。マジカッコいいんですけどー」
「オニーサン今ひまー?アタシ達と遊ばない?」
「名前教えてくんなーい?」
「てゆーか顔見せてよぉ」





はっきり言おう。


行 き た く な い 。





だが、そうも言ってはいられない訳で。
飲み物両手に、少し離れた所から声をかける。これ以上近づきたくない。

「……待たせたな。行くぞ」

声をかければ、風魔の顔が(雰囲気的に)輝いたように見えた。



「あぁ〜?このオニーサンのお友達ぃ?オニーサンもカッコいいね」
「ホントだー。ね、オニーサンもアタシ達と一緒に遊ばなーい?」

臭い。気持ち悪い。ケバい。近寄らないでほしい。
あと我は(一応)女ぞ。
今世で女として生きた記憶殆ど無いけどな!!


「すまないが、まだ用事が終わっていない故遊ぶ暇は無い。…行くぞ」
「(こくり)」
風魔は素晴らしい速さで首を振り我の後ろに移動する。

そこまで嫌であったか。
その気持ちは理解できる。

その後、しつこく追い縋ってくる女共を追い払い、買ってきた飲み物を飲みながら階下の食品コーナーへ向かった。




所変わって一階、食品館。
視界一面に広がる食材に、風魔が(雰囲気で)今まで以上に驚いているのが判る。

『……すごい』

「絡繰が発達し運搬や保存が楽になった故、今では日ノ本全土で好きな物が食せる。例えば内陸で魚、冬に夏野菜など、な」

驚いている風魔に何か食べたい物に希望はあるかと訊ねれば、予想通りといえば予想通りの返答、つまり首を振り特に無いと答えた。

家はまだ電気も水も通っていないのでとりあえず、ペットボトルの水とお握りや惣菜を幾らか購入し、帰路に着いた。


買い物を済ませた後は、少し遠回りをして警察署の前を通るように足を向ける。
此処に今夜捕まえた男共を棄てるよう言えば、風魔はこくりと頷いた。
やはり風魔は使えるな。

互いに両手に荷物を持って夕暮れの道を歩く。
徒歩で片道数十分かかるが、その位はどうということもない。
購入した屋敷は幽霊がでるという話からかあの大きさでは破格の値段であったし、それ以外には立地が都心から少々遠いというだけで、広く庭もあり、元々備え付けてあったらしいテーブルや棚もある。
見た目は洋館であるくせに、中には和室も多かった。
都心から少しばかり遠いというのも、むしろ我等にしてみれば好都合。
我ながら満足だ。

それにこちらに落ちてきて以来、今まで不要と忘れ去っていた前世の知識が次々に思い出される。よって知識面では生活の中で困ることはなさそうだ。




家に着いた。冷蔵庫は明日届くので、買ってきた物はとりあえず全て居間の端に寄せておく。どのみち常温で保存できるものしか買っていないし量もそんなにない。それにたかだかこの程度をわざわざ厨まで持って行く意義もない。
夕餉は買ってきたお握りと惣菜を机に並べるだけ。どうせまだガスも電気も水道もまだ通ってないのだから、これ以上できることもない。
それでも、あちらと比べれば驚くほどに贅沢な食事。

『此方』の『普通』を知らなければとても信じられない光景だ。

現に風魔が(多分)絶句している。
食品コーナーを見た時の驚きもさることながら、まさかそれらを己が食することになるとは思わなかっただろう。

アルコール除菌がどうこうと書いてあるウォッシュタオルで手を拭い、席に着いた。
こんな馳走を、しかも主と同じ席でなど食べれないと風魔が拒否しようとするのを黙らせ、同じように席に着かせる。
いただきます、と両の手を合わせれば、風魔がきょとんとしたのが分かった。
そういえば、彼方にはまだこのような風習は無かったか。

自身はいつもやっている故、忘れておったな。
まあいい。
風魔に自分のした行為の意味を伝え、漸く夕餉と相成った。


◆◆◆


夕餉も一段落した頃、ピーンポーンと鳴った機械的な音に風魔が身構える。

いい加減そのようなモノにいちいち警戒する姿も見飽きた。←
そろそろ落ち着け。無理だろうけど。


「人が訪ねて来たと知らせる音よ。大方先ほど注文しておいた布団であろう」

扉を開ければその通りで。
とりあえず適当な部屋に広げて布団を整えておく。


「…」
「そう警戒するでない。この時代で貴様に敵うような者も物も、そうそうあるまいて」

人が近づいてたのには気づいていたが、唐突に鳴った音に余程驚いたらしい。
業者は帰ったというのに、警戒を崩さない風魔に呆れを混ぜつつそう言えば、ほんの僅かに肩の力が抜けた気がする。
そうよ。慣れぬ地で意識を尖らせ続ければ気づかぬ間に疲労するであろうな。

それが正解だ。流石は風魔、か?

最も、真田の所の猿はそれで体調を崩しそうではあるがな。
そうなれば哂ってやろうか←



懐中電灯は二つ買ってはあるが、今夜はもうできることはない。
風呂は無理。もう日は沈み、電気は明日から故屋敷の灯りが点ることもない。
さっさと寝て、明日に備えるのが吉であろう。
ペットボトルの水を使って歯と顔を洗い、風魔に声をかけた。
が、風魔が布団で寝ることを拒否する。
曰く、こんなにも柔らかく高級な布団は忍たる己には勿体無い、そもそも布団自体忍には不要だと、幾度も同じその言葉を繰り返すのだ。
布団は別に高くはなかったし、むしろ安い方であった。
我としては今日一日で随分と疲れたはずなのだから布団でもなんでも使って体を休めるべきだと思うのだが、うんともすんとも言わない。
会話がひたすら平行線のまま、何度も繰り返す。

あーもう、頑固だ。
いい加減、我の忍耐も限界な気がする。
我を主とする以上、我に従えば良いのにな。

「っち」
「!?(舌打ち!?)」

「風魔。言って解らぬならば全て命令とすれば良いか?貴様には初めに説明したはずだが、何故理解できない。この世界に忍という職は無く、あるのは唯、皆等しく人間よ。郷に入っては郷に従え。第一、我を主とするなれば我に従えば良かろうに、何故拒否するか。そもそも忍とて人間あろう。草などと、人間ではないなどと言うのは一部の阿呆共よ。今の貴様は『風魔』の頭(『小太郎』)ではなく、一人のヒトとしての『風魔小太郎』だ。ならば布団で寝るのにも抵抗は無かろう」

そもそも北条の翁は風魔を忍扱いしていなかった気がするが、それはどうなのか。

大体貴様。仮にも最強の忍と名を馳せているならば、自身の体調管理にも気を配れ。疲れていないはずが無いのだから、折角差し出された物を拒否するのは下策ぞ。忍の一般論なぞ放り投げて少しは考えよ。

一息にそう言い風魔を見遣れば、呆気にとられているようだ。
今日は風魔のこんな表情を良く見る気がする。←


「風魔。せめて今暫しはヒトで在れ」


ゆっくりと、至極ゆっくりと、風魔は首を縦に振った。

「それで良い」


ゆっくりと夜が更けていく。


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