始まり
────────────────────

ドスンッ!
音を立てて毛利元就は落下した。
長曾我部元親の上に。


「ぐえぇっ!?」
蛙が潰れたような音を立てる敷物()を無視して、いきなりの事に驚きつつも元就は素早く周囲に視線を巡らせた。

「きゅううぅぅ…」
「ちょっ、旦那ー!?重いっ!!右目の旦那も独眼竜の旦那も前田の風来坊も上から退いてよ!!」
「いったぁ〜!大丈夫か?夢吉」
「政宗さま!ご無事ですか」
「Oh,don't worry.問題ねえ」

見れば名だたる武将達も同じように宙から落ちて来たようで、あちらこちらで悲鳴が聞こえる。敢えて言い表すならばカオスという言葉が似合いそうだ。
我の下に長曾我部。独眼竜の上に真田。忍の癖に前田と右目に潰されている猿。よくよく見れば、部屋の端に居るアレは伝説の忍か。
何とも豪勢な面子だと頭の隅で思うが、それ以上に目に入った周囲の様子に驚愕する。表情筋?仕事しませんが何か。

天井には白く丸いのっぺりした物が貼り付き、床には大きな敷物。しかもそれは明らかに自然には無い色合いで、背の高い机と椅子、戦国では考えられぬ程の透明度と大きさの玻璃の板。
暗い視界の中でもこれ程の違和感。


此処はそう、まるで己が生まれ変わる前の世のようだ。

有り得ない。だが、有り得ない事など早々無いとも思っている。
転生などという有り得ないと思っていた事を実際体験したのだから。


ぐいっ。
「あだだだだだっ!」
どうやら夢という訳でも無いらしい。
「てめっ!!痛ぇじゃねぇか!!」
敷物が何か喚いているが、雑音でしかない。我の崇高()な考え事を邪魔するでないわと蹴り飛ばしたら大人しくなった。猿が引いた目でこっちを見てたとか知らない。

さて、何度見渡しても瞬きをしても現状は変わらない。当然、そこから導き出される結論も変わらない訳で。
此処は我の転生前に生きていた世界、もしくはそれに近しい生活水準を持つ別の世界である、というのが今のところ最有力の仮説である。
純粋に我等の居た世界の未来の世という可能性もあるが、なんとなく違う気がする。まぁ、技術的な意味では全て遥か未来の世ではあるがな。


そう結論付けた所で、座り心地の悪い敷物の上から退いてやる。
「ったくよぉ毛利め、俺のこと下敷きにしやがって。…んで、なんか分かったのか?」
「多くは分からぬ。せいぜいが、我らのいるべき時代ではないことくらいよ」
「は?どういうことだよ」
「言葉の通りぞ。有り得ぬ大きさ、透明度の玻璃、有り得ぬ色に継跡の無い敷物。南蛮でもこれほどまでの技術はない。他にも幾つか判断理由はあるが、此処は恐らく――――」
未来の世だと伝える前に、それは耳に届いた。
パタパタと、足音がする。隠す気が微塵もない音だ。
「!」
「なんていうか、無用心な足音だねぇ」
「政宗様、お下がりください」
「旦那も念の為下がっててよ。間抜けの振りした手練れ、って可能性も無きにしも非ずなんだから」
「俺らがこんなとこにいる理由知ってっかね?」

小声で言葉を交わしながら、臨戦体制を取る。

落ちてくる直前まで城下の視察に赴いていたため、己の得物は采配と腰に下げた刀、懐刀のみ。他の者は皆、戦装束ではないものの馴染みのある得物は持ってきていたようだ。
…この狭い空間ではどのみち輪刀は振り回せないし、此処が真に未来の世ならば大きな得物は邪魔になる。故に、我だけ輪刀がなくても問題はない。問題はないのだ。むしろ戦でもないのにそんなでかい得物を持ち歩いている貴様等に我は物申したい。

そんなことをつらつらと考えていると、漸く扉が開く。
ドアノブが回転する様子は、戦国武将共から見れば奇妙な物に思えるんだろうなとかちらっと思った。

「……うわぁ!」
そこから顔を覗かせたのは、一人の女。
ガタイの良い不審者がこんなにいるのに、女は予想よりも驚いた様子がないように思う。どちらかというと、目に喜色が滲んでいるようにも……気の所為か?

「え?女の子?」

「…あっ!えっとぉ、誰、ですかぁ?」
作ったような甘い間延びした声が気に障る。前世でも思ったのだが、一般的に男はこんな声が可愛いと言うのだから、男という生物は解らない。

「アンタこそ、誰?ここどこ?なんで俺様達はここにいる訳?」
警戒の滲む声音で猿飛が問いただす。

「えぇー?えっとぉ、ここはあたしの家だよ?あたしはぁ、姫野愛っていうの。皆さんはぁ?」
それって槍とか刀?本物?まるで戦国時代の人みたい!

続けられた言葉に、全員の動きが止まる。

そんな奴らを余所に、しかしまぁ、緊張感の無い声だと思う。向こうから見て不法侵入かつ凶器を持った複数の男、オマケに堅気には見えないのも数人いるこの状況で随分呑気なものだ。自分の置かれている状況が判らない程の馬鹿か、夢とでも思っているのか、或いは。………こうなる事を、知っていたか。
最後の予測は突飛ではあるが、前世の友人からそんな話を聞いたことがある。可能性の一つとして視野に入れておくべきか。


「そ、それってどういうことだい?」
「Hey,girl!今は戦国時代だろ!?」

女の言葉に、前田と伊達が動揺しながら尋ねる。

「えぇー?だってぇ、今は平成だよ?戦国時代なんてずっと前に終わったもん」
女が言うことには、寝ていたところを物音に起こされたらしく、何故我等がここにいるのかは知らぬと言う。
これで、女が夢だと思っている線は消えた。

「Shit!どうなってんだ!」
「そ、某達は先の世に来てしまったのでござるか!?」

「ちょっと信じられないなぁ、夢吉」

「けど、変な絡繰がいっぱいあんのにも納得できるぜ」


まぁ、我は予想はしておった故驚きはしないがな。
武将共の騒がしいこと。
貴様らは童か。

「それで、みんなはこれからどうするのぉ?よければ、みんなが元の時代に帰れるまであたしの家に住んだらぁ?」

「ま、真でござるか?」

「うん!あたし一人暮らしだし、みんなの事情知ってるし!」

この様子を見ていると女がただの馬鹿であるという可能性が高く思える。
しかし、それにしては上手く出来過ぎている。
それにこの女の目に映る好色の光も気に掛かる。


「じゃあお願いしてもいいかい?姫野ちゃん」
「もちろんだよぉ!愛って呼んでねぇ」

「俺も頼むぜ」
「俺と小十郎もだ」
「旦那。俺様達も」
「う、うむ。よろしくお願いいたしまする、愛殿」

これからの案を考えていると、いつの間にか自分以外決まったらしい。
女の期待するような目がこちらに向けられる。

「……我は御免だ。何故我がよく知りもしない女と居なければならぬ。騒がしい貴様らと居るのも御免よ」
大人数でいれば行動が制限されるし、どこかでボロを出す可能性が無いとも言い切れない。
それにここが前世とほぼ同じ世界観ならば身の置き方は把握しているし、行動するのには一人の方が都合が良い。

「さらばだ」

女の脇を通り過ぎ、開け放たれたままのドアをくぐり抜けて玄関を見つけた。
外に出てから土足であったことに気づいたのだが、まぁいいか。


◆◆◆


外に出てみれば時刻はまだ日も昇らぬ早朝のようで、空は暗く、道は静まり返っていた。

おかげで途中からバタバタと騒がしい音がよく響いていたが、当然無視する。そう、無視しようとした。
が、肩を掴まれては無視するにもできない。

「……なんぞ我に用か、長曾我部」
振り向けば、遺憾ながらあの中で一番関わりの深い鬼がいた。まぁ当たり前か。他の奴らが来る理由が無い。

「お前どこ行く気だよっ」
「貴様には関係の無いことよ」
「折角愛が言ってくれたんだ。素直に世話になればいいじゃねぇか」

『愛』、か。
出会ってすぐに名で呼ぶとは。貴様らはそこまで警戒心の無い阿呆であったか。それは知らなんだ。

「我はあのような女の下に留まる気は無い。我は詭計知将ぞ。生活などあの女に管理されずともできる」

若干自分でも意味の解らぬ理由ではあるが、姫若子ならば別に構わぬか。←

「用がそれだけならば我は行く。貴様が我に言葉で勝てぬことなど自明の理であろうに」

言葉を探す姫若子に背を向ける。

「では、な。せいぜいあの女の機嫌でもとっておくが良い」

そのまま歩き去り、姫若子を撒いた。





長曾我部を撒いて少し。
夜中と言ってもまだ通用しそうな時間故、人は見かけない。

それを良いことに堂々と道を歩いていれば、ふと、一陣の風が通り抜ける。

「……風魔」

風の吹いた方へと目を遣れば、その通り名の如く静かに、気配も感じさせず、そこに風魔がいた。
兜に隠された目線が此方に向く。

「…」

「長曾我部に続け貴様もか。我に何用ぞ。あの阿呆と同じ用件ならば断る」

「…(ふるふる)」

風魔は毛利の問いに首を振ると、どこからか紙と筆を取り出した。

『あの女の誘いを断り、此の地で生きていけるのか』

「ふん。貴様に教える義理は無い」

『詭計知将。策も算段も無しに行動はしない』

「言いたいことがあるのならば、はっきりと言うが良い」

『己もついて行く』

ふむ。風魔ならば他の阿呆共よりも使えるか。騒がしくもないし。しかし。
「我は貴様を信用できぬ。信用に値するものを示すがよい」

それが問題だ。
風魔は傭兵。
見返りさえあれば、裏切らせるのは容易い。

「…」

信用に値するものを示せ。そう言えば、風魔は数瞬の後、片膝をついてひざまずいた。

『我が忠誠を貴方に』

風魔忍は傭兵故に、忠誠を誓うことは滅多にないと聞く。
真に己が認めた者だけに忠誠を誓うらしい。

「……ふむ。よかろう。確かに証は受け取った。宜しく頼むぞ、風魔よ」

そう言えば、風魔はどこか驚いたように見えた。
「…何ぞ」
あれか。我がそのような発言をしたことに驚いているのか。
我とてそのくらい弁えておるわ!
むしろ我は意外と常識人ぞ。
……自分で言って虚しくなった。

「(ふるふる)」
「…ふん、まあ良いわ」
『これからどうする』
「先ずは先立つ物が必要よ」
しかしこの時間帯では店も開いておらぬ。
そこらで時間を潰すしかないであろう。


◆◆◆


そして見つけた林。おそらくここらは公園なのだろう。
近くには遊具や椅子がちらほらと見える。

林の中の、少し奥まった場所で、二人は立ち止まった。

「…さて、風魔よ。我と共に来ると言うのであれば幾つか貴様に教えるべきことがある」

「…(こくり)」

「先ず一つ。我は此の地、もしくは此処と非常に良く似た世界を知っておる」

「……?」
やはり風魔といえどいきなりは難しいか。まぁそうであろうな。

「良く聞け。…我は一度、死んでいる」



「………………(あんぐり)」

風魔の間の抜けた顔を見た者は我が初めてではないであろうか。
まぁ兜はかぶっているが。

「一度、此の地と非常に良く似た地で死に、彼の地、安芸にて、我は我として生まれた」

「…」

「故に、此の地での暮らし方は理解しておる。貴様は我の言う通りに動けば良い」

「……(こくり)」
思った以上にあっさりと頷いた風魔に、逆に我の方が不安になった。

『主なら何でも有りな気がした』
………左様か。

これは信じられているかことに喜べばいいのか、規格外認定されたことに嘆けばよいのか。
まあそれは今はどうでもいい。
ひとまずは、風魔にこの時代の知識を与えるのが先決か。


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※バサラ4で風魔人外説出たけど、緑華では共通して無視します。
ご都合主義万歳!
普通(?)の人間で五代目風魔忍の頭領という設定になります。


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