春になった。
朝晩はいまだに冷え込む日もあるが、日中は大分暖かくなった。
そうすると、今まで活動を休止してきたモノ達が動き出すのである。
虫然り、獣然り。
そして、変態という名の変態や一部のバカなわるーい妖怪達もまた動き出すのである。
前者はまだ良いが後者は勘弁願いたいというのは誰もが思うことで、ご近所さんでも回覧板等が回ってくる。

そこに、シマの治安維持も組の仕事だと、奴良組が立ち上がったのである。べ、別に組の女衆からの無言の圧力が凄かったとかじゃない。ないったらない。正義と義憤を胸に漢達が立ち上がったのだー(棒)。3割くらいは。



「っつーことで、てめぇ等!久々の出入りだ!!」

『うおおおぉぉぉ!!!!』


大きな屋敷の門前で、むさ苦しい歓声が上がる。
見送りに引っ張り出された花宮は、耳を塞ぎたくなるのを必死に我慢した。ついでに口も噤んだ。うっかり心の声が零れないように。

また駄々をこねるリクオを宥めすかし、漸く出立である。
リクオには確かに、もう少し大きくなっら連れて行くとは約束したが、変態撲滅が目的の今回は絶対に連れて行けない。

リクオの説得に成功し、集まる妖怪に向き直って鯉伴が声を上げる。
「んじゃあ行くぜ、野郎共!妖怪共はしょっ引いて、人間は脅かすぞ」
無論、変態の扱いについてだ。
皆々声を上げて、いざ出発。

暴れることを期待してかやや浮き足立つ妖怪を連れて、鯉伴達は門の向こう、宵闇の中へ消えて行った。


◆◆◆


所変わって花宮の部屋。
あの出入りの後、リクオは案の定愚図り、花宮は適当に声を掛けて一人戻って来たところだ。


「おい、原。行ったぞ」
高めの幼い声に似合わない、雑な口調。話しかけられた人形が、カタカタと笑い言葉を発する。
「おっけーおっけー!じゃあ古橋が行くからちょっと待っててねー」



カタン。
少しして、部屋と廊下を隔てる襖が小さな音を立てた。


「……、………おい古橋。その頭はなんだ」
その音に振り向いたものの、花宮はたっぷりと間を開けて、漸く口を開いた。

「ドラ○もんだが」

似合わない。恐ろしいほどに似合わない。

確かにこの世界でも存在するのは知っていたし、先日行った屋台にも幾らかグッズが並べられていた。
しかし、これはない。
バスケで鍛えたまま持ち越した身体。そしてその首の上に据えられているのは青狸の丸い頭である。アニメからそのまま飛び出したかのような色彩。顔立ち(?)からして些か古いアニメの画風らしい。これだけでも十分気持ち悪いが、まったくもって謎なことに、目だけは古橋そっくりだ。つまり死んだ魚の目だ。ついでに声も自前のようだ。

なんでだ。

夢も希望も与えてくれないどころか、くれるのは気持ち悪さだけではないか。まさにゲス。きっとナチュラルにゲス。流石霧崎!仲間へのダメージも気にしない!

「侵入するのに良いのはないかと探したのだが、石こ○帽が一番簡単だったんだ」
なるほど。確かに頭の上に灰色の何かが乗っている。なぜ花宮には認識できるのかとお互い一瞬疑問に思ったが、古橋の「花宮だからか」で強制終了させられた。

さて、グダグダと話していてはいつまで経っても本題に入れない。今夜の屋敷の人(外)の少なさを利用し、花宮の力の把握をしなければいけないのだから。

古橋が自身の顔を片手で覆う。
すっと仮面を取り外すような動作で手を下ろすが、その手には何も乗っていない。しかしその一瞬で、顔の造形は変わっていた。

「…ピ○チュウかよ!!」
そう、かのゴリチュウにも匹敵しそうな多頭身なソイツがそこにいた。服を着ているかどうかの違いくらいしかない気がする。

「…みがわり」
ぼそっと古橋が唱えると、ボンと小さな音を出してぬいぐるみのような物が現れる。それを布団に寝かせて何かをすると、ぬいぐるみは花宮そっくりに変化した。変化したはずである。花宮には変わらずぬいぐるみにしか見えなかったが。「流石花み((」古橋の声は無視。

古橋が次に変えた顔は、某ゲームの主人公であった。実は竜族の血を引いていた8の主人公である。相も変わらず目の死にっぷりがヤバい。主人公にあるまじき目だ。こんな目していたらきっと、本編始まる前の城の兵士になる前に終了する。

そのままの顔で花宮をそっと抱き上げると、古橋は言った。

「リ○ミト」

ふっざけんな。俺の住んでる屋敷はダンジョン扱いかコラ。
何が嫌って、それで見事発動して外に出たことだ。妖怪か?リアルお化け屋敷だってか?

「ルー○」

淡々と移動する古橋を向こうに着いて即殴ったのは仕方ないと、花宮はごり押しする。


◆◆◆


古橋(死んだ目装備の主人公顔)に抱きかかえられての御登場。
案の定というか、予想を裏切らないというか、原とついでに山崎の腹筋が崩壊したらしい。古橋を殴り終えても続く笑い声に、そろそろ花宮のイライラゲージが限界突破しそうである。

その前に、突如降って湧いた大仏の像が彼等を押し潰したが。

「時間無いんだからいい加減邪魔。花宮、やろう」

ざ・まいぺーす。
ついさっきまで寝転がっていたくせに、花宮の苛立ちに気づいてからはかなり素早かった。しかし、それにしても。

「大仏黒子が大仏召喚とか」
「もう聞き飽きたんだけどそのネタ。やめてくんない?」

花宮にとっては初めて見たのだから、思わす呟いても仕方ないだろう。
そのやりとりがどこか琴線に触れたらしく、また必死に笑いを堪える二人を無視して、三人は花宮の能力の検証を始めた。

ぬらりひょんの能力は軽くだが原から聞いていたし、偶に鯉伴や祖父が逃げるのに使っているようなのである程度は想像がついた。
その結果、妖怪化と鏡花水月は然程時間をかけずに習得できた。妖怪化すると、人間時と比べて少し成長するらしい。明鏡止水は酒と大盃が必要らしいので今回は試さない。万が一酒臭い三歳児が出来上がったら困るので。

「でも鏡花水月だけじゃ少ないよね。じゃあ後は、んー、オリジナル技?作っちゃう?リクオと鯉伴の場合は、半妖(クオーター)特権で仲間とリアル一心同体状態になって必殺技ぶっぱするの作ってたはず。花宮はどうする?」
思う存分笑い終えた原が、原作知識を元に提案する。

「どうもこうも。一心同体とか気持ち悪い。俺はやらねぇよ?」
確かに、持ち札は多いに越したことはない。だがその技は、ざっくり聞いただけでも花宮の趣味じゃない。却下却ー下。

「ですよねー。二人の場合はたしか、自分の人間部分に仲間の妖怪を憑依?させることで発動させてたんだよね。それは参考にできると思うなぁ」

「人間部分?って具体的に何?空き容量状態なの?」
「そこまでは覚えてないや。たぶん、リクオの二重人格の昼の方みたいなのじゃない?」
「俺、性格とか意識とか変わらねぇけど」
「だから、そこまでは俺も知らないよ!?」

しかし、いきなりぬらりひょんのクオーターが発現できそうな能力を考えるにしても、そう簡単に思いつきそうもない。
そもそもぬらりひょんって具体的に何?他人の家とか店とかでバレずに無銭飲食できる程度の能力?それ以外に何ができるの?そいつをどう応用しろと?
残念ながら、妖怪には然程興味も無く明るくもない彼等がぬらりひょんについて知っていることなど、その程度である。

「…思うんだけどよ、花宮って俺等と違って生まれた時から妖怪としての能力把握してたりしねえだろ?屋敷でもそんな能力バンバン使うとかなさそうだし。他人の能力見たりすれば、そのオリジナル技のヒントとか想像の幅とか広がらないか?」
悩んだ末に苦肉の策を提言したのは山崎である。
ただ座って悩むだけでは時間の無駄だろう。自分達の能力も花宮に示せるし、気分転換にも丁度良いかと話が纏まり、そういうことになった。

当然、トップバッターは言い出しっぺの山崎である。


「あー、じゃあ一番手行きまーす」


若干やる気の欠けた声と共に、山崎の周囲の景色が歪んだ。

「おおー」

ミシミシと、軋むような音を立てて歪んだ景色に亀裂が入る。そうして広がった真黒な穴から、ギラリと月明かりを反射する刀らしき物が覗いていた。

「今はゆっくり出したけど、大体こんな感じだな。俺が出せるのは全部俺の一部だから、好きに動かせる」
そう言った隣で、穴から全身を出した刃こぼれした刀がくるくると空中を舞っている。遠隔操作も自由自在ということらしい。先程喉が渇いたと言って受け取った縁の欠けた湯呑が、置いておいた岩の上でタップダンスを始めていた。そいつもか。


「じゃあ次俺」
二番目は瀬戸らしい。さてはさっさと終わらせて寝る気だな?

「はいよっと」

軽い掛け声と共に、真っ暗な闇夜が、見渡す限り赤い炎が煌々と照らす朽ち落ちた寺院に変わる。
ごおう、ごおう、と炎が音を立て、木造の寺を侵食していく。
がたり、と、奥に安置されていたらしい仏像が、仁王像が、凡そ一寺院に収まらぬ程のありとあらゆる像が、蠢いていた。

「はい、ここまでね」

唐突に、元の景色が戻ってくる。熱い炎も音もない、まだ寒い三月の夜だ。

「あれが俺の一番の大技。技名は決めてないけど、あとはあの像が敵に向かって突進してくから。原はおっ○ん呼びとか失礼なこと言ってたけど」
あとはさっきみたいに一体だけ呼び出すとか結界とか治癒とかだし、今は見せなくてもいいでしょ。
言うだけ言って、瀬戸はさっさと寝る体制に入った。ってかもう寝た。早い。

「次はどうする?」
残るは古橋と原。どちらも一度は見たので別に見なくてもいい気がするが、一応聞いておく。

「うーん…じゃあ、こんなのはどう?」
こちら、俺の身代わり人形でーす。
そう言って原が何処からともなく人形を取り出して地面に置いた。
「古橋ー。なんか俺に軽ーく攻撃してみてよ」
「わかった。…こうか?」
古橋が仮面を被る。おい、そんなのもあるのか。俺知ってるぞ。そりゃ虚(ホロウ)の面だろ、主人公の。このチートめ!しかも虚閃放ちやがった。

花宮と山崎が揃って内心で荒ぶっている間に、虚閃が原に命中した。明らかに過剰威力。


「っぶねー!!ちょっと古橋!俺軽くって言ったよね!?何恐ろしいもんぶっぱしてくれてんの!?!?ねぇちょっと!!!!」

あちこちが若干焦げた原が虚閃の立てた砂煙の中から姿を表した。原の怒りは最もだと思う。

「ほら、花宮見て!こいつが俺へのダメージ肩代わりしてくれたの!こいついなきゃ俺死んでたかもよ!?」
指差された方を見れば成る程、見るも無惨な姿になった人形が地面に転がっていた。どうやら人形にも耐久力というか、肩代わりできる上限があるようで、今回は呆気なく越えてしまったために原本体もダメージを受けたらしい。

「…すまない?」
「なんでそこハテナマークつくの!?」

原の怒りがヒートアップしていく。古橋は天然で油を注いでいるし、山崎は宥めきれていない。おいオカン、もっと頑張れよ。瀬戸は論外。

…そろそろ帰らなくちゃいけないか?
ひたすら傍観していた花宮がふと現実に返った。今何時だ?時計はここに来て結構な時間が経ったことを示している。いくらダミーを置いてきたとはいえ、一抹の不安がある。今夜はこれ以上得る物もなさそうではあるし、帰ってさっさと寝た方がいいだろうか。体に引きずられているのだろうが、いい加減眠い。気を抜けば意識が落ちそうだ。

「原、古橋」
「ちょっと待ってて花宮!」

原の怒りのボルテージが下がらない。

あ、駄目だ。眠すぎてイライラしてきた。子供特有の癇癪とか涙が出そうとか絶対無いから。ただ単に煩いし長いし俺の話聞かないし寒いし眠いし、イライラしてるだけだから。
だから。
だから。

「……ぃい加減にしろ!!いつまでやってんだ!!」

俺の怒りが爆発しても、仕方ないよな?

「っ!?」
「ふぇっ?」
「うおぁっ!?」
「ふがっ」

テッテレー。驚くほど場違いな軽快な音が鳴る。空には青空が、地面は長く伸びている。雲も、宙に浮くブロックも、自分の体でさえも、ドットで出来ていた。
「ええぇー!?」
「はあぁっ!?」
「これは…」
「ねぇちょっと何これ。なんで俺までここにいるの」

「一人我関せずで寝ててムカついたからに決まってんだろうがバァカ!!」

何処からかわからない所から声が聞こえたが、気にしている場合ではない。
四人の背後から壁が迫る。四人は走った。時折現れるキノコもブロックも亀も栗も無視して。
そして落ちた。

テレッテレレレレーン。

「俺知ってる!!これ鬼畜マ○オォォォ!!!!!!」

原の叫びと共に、花宮の顔の前に浮かぶ画面がブラックアウト。残機が1減って最初からリスタート。
花宮の手には、赤い配管工の仮面が握られていた。

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花宮<仮面?ぜってぇ被んねぇよ?





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