ぬらまこ 3









「…原、聞こえるか」
父親に強請って手に入れた、小さな部屋。隠し事ごっこをするんだ、なんて
適当な言葉を並べて、リクオと自分以外の入室を許可しない部屋だ。実にちょろかった。
その実態は原と連絡を取るための人目につかないスペースであるが、誤魔化すためにも結構頻繁にリクオを部屋に呼んで適当に遊ばせている。
因みに部屋の用途を思いついて言ったのはリクオであるが、温かい目で見られて吐き気がしたのは余談である。

「はいはーい?花宮から連絡とか珍しいね。何かあった?」
呼びかけから少しして、花宮がその手に持つ人形から、声が聞こえた。

「ああ。お前、たしかうち(本家)に忍び込むの大変だとか前に言ってただろ」
「うん、言った言ったー」
「三日後の夜、出入りがあるそうだ。本家の守りは薄くなるんだと。その日なら来るのも楽だろ」
「おお!!てか、ちょっ、それかなりの重要機密だと思うんだけどw簡単にバラしちゃっていいのwww」
「俺には関係ねぇ」
「いやいやいや、花宮の家じゃん!めっちゃ当事者じゃん!いやさ、俺にはありがたいけどもwじゃあ、その日ザキ連れてくねー。他の二人は行っても大丈夫そう?俺だけお花と会ってズルいって五月蝿くってさぁー」
身振り手振りを交えながら言う原は、何を思い出したのか、震えながら笑う。(断じて笑いで震えている訳ではない。)無駄に器用だ。
「いいんじゃねぇの?バレなけりゃ」
「つまり、『来てもいいけどバレるようなヘマすんじゃねぇぞバァカ』ってことだね、おk把握」
んじゃ、皆で行くねー。

意思表示にか、パタパタと手を振る人形。
そのまま他愛ない話を続けていると、襖の向こうから声が届いた。

「マコト様、リクオ様ー。ご飯のお時間ですよー!」


あぁ、もうそんな時間か。
一言二言、人形の先にいる原と言葉を交わして、連絡を打ち切る。

「はぁーい!!今行くよ、つらら」

◆◆◆


「それではマコト様、リクオ様。今日はお父様達がお出掛けをする日なので、お寝んねの前に行ってらっしゃいをしましょうね」

「うん!!お父さん行ってらっしゃい!青田坊、黒田坊、首無、皆も行ってらっしゃい!(よっしゃ、幹部皆いなくなる)」
外面と思考が一致しない。花宮は本日も通常運転だ。
「やだぁー!!僕も行く!!お父さん、僕も連れてってよ!」

「おおぅ…。双子なのにこんな時は正反対だな、お前達」
「ダメですよ、リクオ様!もう夜も遅いですし、リクオ様は出入りにはまだ早いです」
氷麗の言葉はスルッと耳を通り抜け、リクオがバッと花宮を見る。兄があっさり見送ろうとしたのが余程信じられないらしい。全身が驚きを物語っていた。
「なんで!?お兄ちゃんは行きたくないの!?」
「僕も行きたいけどぉ、だって眠いもん。リクオだってもう眠いでしょ?お外寒いし、また今度連れてってもらえばいいじゃん」
実際は別に行きたくないし、眠くもない。しかし声と表情は見事に『行きたいけど我慢する子』を演じている。
そのセリフに我が意を得たりとばかりに頷く氷麗が、リクオの説得に言葉を重ねた。
「そうですよ!マコト様の言う通りです!もう寝る時間ですし、夜はだいぶ寒くなってきてるんですから、今日はお母様と一緒にお留守番をしましょう。風邪をひいてしまいますよ?」

「えー!!」

「心配しなくても、もっと大きくなればリクオ様も連れていってもらえますから。ね、鯉伴様」
「おー、そうだな。出入りは流石にまだ早いなぁ。けどまぁ代わりに、暖かくなったら出入りじゃねぇけど父さんと一緒に空中散歩に連れてってやるよ。だから、今日は家で母さんと一緒にいてくれやしねぇかい」

「ううぅ〜…」
納得できずにぷっくりと頬を膨らませるリクオ。ぽんぽんと鯉伴がその頭に手を乗せて、男の約束だと宥めすかす。

「…ぜったい、ぜったいだよ!!お散歩、連れてってね!?」
「おう!任せとけ」
宥められて少し。
漸くリクオが引き下がり、静かに見守っていた周囲もほっと息を吐いた。




「じゃあ行くぜ、野郎共!出入りだ!!」
『うおおおおぉぉぉ!!!!』


「行ってらっしゃーーい!!」
大声で手を振るリクオの隣で、漸く行ったかと花宮は人知れず息を吐き出した。







見送り後。母親の所へ甘えに行ったリクオを他所に、花宮は自分の寝室に戻る。眠いと言ってしまった手前、連絡用の小部屋に行くわけにもいかず、まぁ暫くはリクオも帰って来ないだろうしいいかと妥協した結果だ。

「原、いいぜ」
人形に向けてそう言えば、オッケー!と元気な返事が来る。
「今ねぇ、裏門の近くに隠れてるから、もう少しで着くよー」
移動時間の削減のためにか、事前に伝えた出入りに使用するのとは反対側の門の側で控えていたらしい。
程なくして、障子に四つの人影が映った。

からり。
小さな音を立てて障子を開ける。
「花宮」
「やっほー。来たよ、花宮」
「花宮、久しぶり」
「よぉ。マジで小さくなったなぁ、花宮」

記憶の中と変わらない奴等が、そこにいた。


「……よぉ、久しぶり」



◆◆◆



「花宮。写真を撮ってもいいか」
「開口一番にそれか、古橋」

「ブレないねー、古橋ww」
「本当にな。しっかし、小さい花宮とかレアだしたしかに可愛いな」
「お巡りさーん!こっちでーす!」
「ちょっ、ふざけんな!花宮が可愛いって連呼してたのお前だろ!!」
「wwwwww」
「なんか花宮、見た目女の子みたいだよね」
「あ??」
「ごめん、うっかり本音が」
「ちょっ、瀬戸www」

部屋に上がって早々、好き勝手言う四人。
変わらないその様子に、気づかずに素の笑みが滲む。
時間が開いても、生まれ変わっても、種族が変わっても。
こいつらも、俺も、俺等の関係も、何一つ変わっちゃいない。
そして、それはこれからもだ。


確認がてら、問い掛ける。
分かりきった問いを。


「テメーらは、これからどうしたい?」



四対の目が、きょとんとして花宮を見る。
そして、一度互いの目を合わせた。
「そりゃあ、ねぇ?」
原が一言、呟いて。


花宮に着いて行くぜ。
花宮の仰せのままに!ってね。
花宮に従おう。
花宮の好きにしていいよ。


同時に返された言葉に、今度こそ笑う。


「ふはっ!物好きな奴等だ!いいぜ、最後まで着いて来いよ」


俺達は、全員で蜘蛛だ。





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