ぬらまこ 2



パタパタパタ。軽いモノが走る音が聞こえて氷麗は振り返った。
「マコト様!!どこに行ってたんですか〜!探したんですよ?」
たった今まで探していた幼子の姿を認め、ほっと安堵の息を吐く。
リクオさまも悪戯好きで時々困らせられるが、マコト様はよくふらっと一人でどこかへ消えてしまう。いつも無事に帰っては来るが、やはり幼いのだし、姿が見えなくなって時間が経つと不安になる。見方を変えれば既に二人共ぬらりひょんとしての素質の片鱗を見せているようにも見えるが、正直もっと後になってからでもいいと思ってしまうのは仕方がないことだと思っている。
「あ、氷麗だ!」
「はい、そうですよー。氷麗です。まったくもう、今までどこに行ってたんですか?心配したんですよ?……ってあれ?そのお人形、どうしたんですか?」
言葉は少々厳しめではあるが、つまり裏を返せばそれだけ心配していたということで。それを表すように、口調は優しい。
最も、ゲスさに定評のある花宮は笑顔の裏で『その優しさがキモい』とばかりに嗤っていたりする。しかし表には出さない。エンジェルスマイルの見事さよ!
「お人形さん?これね、僕のお友達なの!!カズっていうんだぁ!!」
にこにこと笑うその笑顔にまた一人、ころっと騙される。
「そうなんですか。お友達ができてよかったですね!いいですか、お友達は大切にしなきゃダメですよ?」
相手は小さな子供。人形はただの最近流行りの戦隊物の人形で、妖怪の類いでもなさそうだ。きっと誰か組の者があげたのだろう。少々大人びているようにも思えたマコト様も、こうして貰った人形を友達と呼んでいるのを見ると年相応でとても微笑ましい。一人、自分の中で結論づけた。
「はぁーい!」
元気良く良い子のお返事をする花宮。その手に握られている原には、『なんて言うワケねぇだろバァカ』という副静音が確かに聞こえたらしい。
「あ、ねぇねぇ、リクオは?」
子供特有の、ころころと変わる話。弟との仲も良好のようで、特にリクオ様の懐きようは見ていて可愛らしい。
「リクオ様は、お部屋でお昼寝です。マコト様もそろそろお寝んねの時間ですよ」
「わかった!リクオとおんなじ部屋で寝るね!カズとお話しして一緒に寝るから、氷麗たちは来ちゃだめだよ!」
人形とお話とか、なんて可愛らしいマコト様…
「分かりました、マコト様!では氷麗は台所に居るので、何かあったら言ってくださいね」
「うんじゃあ後でね!おやすみ
人形を持つ手をブンブン振っていつもお昼寝をする部屋へ向かう花宮に笑顔で手を振り返し、氷麗も台所へ足を向けた。
振り回された原といえば、激しくシェイクされた視界に小さく悲鳴を上げたとかなんとか。


◆◆◆


すやすやと眠る幼子の隣。敷かれた小さな布団の上に腰を下ろして一言。

「よし、話せ」
前振りも何もなく単刀直入に切り出した。

「うぃーっす!」
しかし慣れたように、原がその言葉にすんなりと頷く。これが彼等の通常運転だ。蜘蛛の頭バンザイ!みたいな。某賞金首の一団を連想させる。

「えーっとねー、何から話す?そうだなぁ…。まず始めに、花宮以外の俺達四人が目覚めたのが大体二年前。それと、前世の最後の記憶が高校卒業した日の夜ってのが一致してる。花宮は?」
「同じだ。生まれたのもそのくらいだしな」
頷く花宮に自分も頷き返して話を続ける原。
「うんうん、オッケー。んで、一年前くらいに全員が揃って、花宮探してた。それまでは皆バラバラだったよ」
「それまでどうやって過ごしてたんだ?」
「んっとねー、俺達、自然発生型っていうの?祖先いないタイプの妖怪でさ、目覚めた瞬間から独りだったし、ぼんやりと自分のこと理解できたんだよね。だから人間→妖怪には戸惑ったけど、あんまり困りはしなかったなー。畏れ集めるにしたって俺達別に元から善良でもなかったし、問題ナッシング☆みたいな?それで妖気補って、後は御布施かっぱらってみたり短期バイトしてみたりしてお金得たかなー。寝るとこはこだわりなかったし、適当に拠点決めてさ。今は空き家に皆で住んでる」
家賃ゼロ☆電気も水道も通ってないけどねっ。なんて言うのー?住めば都?やっべ!ますます似てる!
そう言ってケラケラ笑う原であるが、花宮にそのネタは効果がないようだ。
何に似てるって?もちろん旅団にだよぉ!

花宮は スルー を 選択 した!

「…俺は爺に会って言われて初めてクォーターだって分かったぞ。しかも幼児体験してないとか…氏ね。俺と同じ経験してみやがれ!」
「だが断る!(キリッ」
「死ね」

そう言った時、双方とてもイイ笑顔だったとか。




「まぁ今までの経緯簡単に言うとこんな感じ。あと俺は目覚めて十日くらいで『あ、ここぬら孫だ』って気付いた。だって奴良組のシマまじ広い」
「ふーん」
「自分の家族が中心なことなのにwww興味めっちゃ薄いwwwww」

だって興味ねぇし。家督とか任侠ヤクザの頭とかぜってぇいらねぇ。
でかでかと花宮の顔面に書いてあったそうな。

「いいから次行くぞ次。お前ら結局何の妖怪?」

その声に、ぴっと敬礼して見せる人形。今まで気にしてなかったけれど、よく考えたらシュールかもしれない。

「おk!まず俺ねー。俺はね、『人の手から離れた人形達の集合体』だよん。流し雛とか藁人形とか、単にそこらに捨てられた人形とか、とりあえず捨てられたり流されたりした人形の気が集まってできたっぽい。直接的な攻撃力は無いけど、呪ったり呪詛返してみたり身代わりとかが得意みたい。必要なかったからした事無いけど。でも専ら人形操って情報収集とかしてる。一応攻撃技として使えるとしてもやっぱ人形操ることかな。人形の中に妖怪封印したりもできるよん。前世で漫画「ぬらりひょんの孫」全巻読破済みだから、あてにしてくれていいよー☆って感じ」

「原に攻撃力皆無とかwwあんな見た目してたクセにwwwっつーことは何?やっぱコレ本体じゃねぇの?」
これはもう笑うしかない。需要が欠片も見当たらない原のギャップに。ガタイ良いのに攻撃手段が間接的にしかないとか、そもそも人形使うとか!

「笑うとかお花ひっでぇwwうん、これは俺と感覚リンクしてるだけー。五感フルでリンクすると妖気がちょびっと出るのが玉に瑕。なんて言うの?子機?で俺が親機?そんなの。ほかにも幾つかあちこちに放ってるし。本体はねー、決まった形無いから前世の姿。他の奴らも皆前世と同じだよん」

「へー、便利だな」
よし、こき使おう。

そんな内心を読み取れなかった原は幸か不幸か。少しばかり自慢げに笑って話を続けた。

「でしょー!じゃ、次ザキねー。ザキは『九十九神に成り損ねたモノの集合体』だってさ。付喪神っても呼ぶけど、つまり、百年使われ続けた道具が妖怪になるから『九十九』神なワケじゃん?けど実際には、九十年過ぎるくらいからすこしづつ自我とか妖気とか生まれてくるらしいのよ。でもそれが百年丁度経たないと妖怪として成立できないんだって。そういう性質な妖怪だから。
で、ザキの場合、その九十九神に成る直前で壊れたり捨てられたりしたモノの無念とか妖気とかが大量に凝り固まって生まれたんだって。塵も積もれば山となるってやつ。だから成り損ない。成り損ないだから妖怪としての名も無いよ。俺らも無いけど。
んで、能力はねー、武器とか色々出せること?刀とか槍とか湯呑とか茶碗とか布団とかwwぶっちゃけ家具担当wwww皆どっか焦げてたり欠けてたりするけど、そんくらいだったら問題無いし?箪笥とか食器とかの費用削☆減!!いつもあざーすw
一応アタックタイプ。バビロンできるよバビロン!!」

「家具担当とか流石ザキだな。お前はさっきから星ウザい。あと最後意味不明」
何気に家事スキル高い不憫不良系オカン。それがザキだ。異論は存在しない。しかしザキの奴、とうとう家具までモノにしたとは。

「そうそー。家具担当で家事担当!それがザキ!!バビロン知らない?『王の財宝』だよんw空中から武器出してポンポン投げるのwww専ら(壊された怨念が詰まった)妖刀だけどねん。受けたら傷塞がんないとか追尾機能とか呪ってくるとか、たまにえげつないのいるよー。あ、あとあいつ自身も武器に変身できる」

「財宝ってwそんな良いモンじゃねーだろ。せめて(壊)を付けろよwwあと妖刀怖い。むしろザキより妖刀が怖いわww武器に変身って……それ、使えんの?」
「(壊)ってwww壊れてるww確かにその通りだけども!的確だけども!てか最後wガチwwトーンwww」
最後のガチトーンに原が爆笑した。


「花宮ってば辛ww辣wwあー笑った。次瀬戸ねー。どんどんいくお☆瀬戸ってさ、大仏ホクロじゃん?あいつ本物になりましたぜキャプテンwwちょっ、その阿呆を見る目ヤメテ。だって瀬戸ってば、神サマとか大仏サマを象った像の集合体になったんだって言うんだもんwwwwあ、しかも普通のじゃなくて、戦とか焼き討ちとかで燃やされたり壊されたりした像の集合体だとか。妖怪だけど神仏が元だから、神気と妖気が混ざってるらしいよー。だから普通の妖怪より陰陽師の攻撃に強いんだってさ。良いよねー。得意な事は、身代わり、結界、治癒とか、守り関係。そのクセ独鈷杵とか錫杖使ってバリ接近戦とか、燃やされたからか炎出したりとか、大量の像による『王の軍勢』か『おっさん呼び』みたいな固有結界とか!一つくらい攻撃手段俺に頂戴よ、ねぇ!!」

「おっwさんw呼びwwお前ありがたい()像に向かってなんてことをwwwしかも最後切実ぷぎゃあmg(^p^)」
他人の不幸は蜜の味。同族だからこそまた美味い。おもいっきり笑ってやんよ!!

「くっそ、くっそ!!花宮ってば酷いぃぃw」

小さい体でゴロゴロ布団の上を転がる原。
やがてむくりと起き上がると、ヤケクソのように叫んだ。


「もー次いく!!!!次!最後!古橋!!古橋はぁー、『捨てられた面の集合体』でぇっす!古今東西、お面とか仮面ならなんでもいいそうでっす!一度でも捨てられれば!!
古橋ってばチートでさぁー、顔面整形しほうだい!陰陽師にもバレない完全な人間に擬態できちゃうよ!しかも仮面を付け替えると、仮面の元キャラの力が使えるようになるとか!
ズルくない?ねぇ?これズルくない俺なんてこんな地味なのに!死んだ目と大仏ホクロのクセに!!畜生ぉぉぉ!!
だってお面次第で魔法とかポケモソ技とか六爪でレッツパーリーとか吹っ飛ばし:EXなアソパソチとか、お面さえあればできちゃうんだよ!?全子供達が一度は夢見たことができちゃうんだよ!?それに比べて俺なんて!!俺なんて!!人形操るしかできnグフォッ」

ボスンッ!花宮のはたく!原は布団に叩きつけられた!
「途中から趣旨変わってんぞおい」
「だからってはたくことないじゃない
「うるさかった」
「傷心中なの!デレぷりーず!!」
「……」
返って来たのは無言。その眼差しはきっと氷河でできていた。
「…ツンゲス頂きましたー。お花の目がめっちゃ冷たいでーす……」

はぁ。花宮は溜息を一つ吐き出した。
「調子に乗って騒ぎすぎだバァカ。バレたらどうすんだよ」


「ごめん花宮。やっと会えて嬉しくてつい」


……あ。


ごく自然に原の本音がポロリと零れた。


「………そーかよ」
花宮が目を見開く。そして、一拍してから顔を背けた。
赤面する人形と、耳だけ赤い花宮。
人形の芸がムダに細かい。




「じゃ、じゃあ俺、そろそろこの人形とリンク切るねっ。他の人形が集めた情報も整理しなきゃだし、瀬戸達にも報告しなきゃだから。あと、この人形持っててくれればすぐ俺と繋がるから、何かあったら俺の名前呼んで。あとはー、今度ザキなら連れて来れると思うから、相談してまた後で連絡するね」
きゃー恥ずかしー!なんて原の声が聞こえそうな早口。
捻くれ者は総じて本音が苦手なのだ。


「ん、分かった」
「おk。じゃーね!」


ぱたん。
その言葉を最後に、糸が切れたように人形は動きを止めた。

途端に静まりかえる部屋。まるで、たった今まで騒がしかったことなど嘘のように。
だが、確かに人形はそこにある。二年ぶりの原の声も、しっかりと記憶に残ってる。
原だけじゃない。瀬戸も古橋も山崎も、皆いるという。






独りでも生きてはいけると思っていた。馬鹿なほど自分に甘ったるくてイイコちゃんばかりなこの屋敷の奴等など、被った猫で騙し通して。余計なモンは全部名ばかりの弟に押し付けて。適当に生きていけるつもりだった。


けれど、原と会って、あの頃と変わらない調子で話をして、他の奴等もいると知って。少しだけ、目に映る色が鮮やかになった気がした。






確かに俺は、一人でも生きていける。

けれど、あいつらが一緒にいるのならば、きっと、もっと楽しく過ごせるんだろうと、気づいてしまった。

あーあ。あんだけ群れてる仲良しこよしが嫌いだったのにな。俺にも当てはまっちまうとか。
今も大っ嫌いだけども、それでもあいつらとなら嫌じゃないらしい俺の心とか、一体どうなってんだっての。




けど、あいつらとまた馬鹿みたいに笑い合えるなら。そう考えたら、柄にもなく素の笑みが口の端に滲むのが分かった。


まぁでも、『俺も、会えて嬉しかった』なぁんて、一生言ってやらねぇけどな。





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