ぬらまこ 1





ふと頭上に影が差した気がして、花宮真は瞼を持ち上げる。
明るい光が満たす視界に、見覚えの無い天井と、同じく見覚えの無い顔が映った。
「っ!?」
人間、本当に驚いた時は声が出なくなるとどこかで聞いた気がするが、ああなるほどと頷ける。
なんせその顔は、顔しか無かったのだから。
男というのは顔立ちで判る。それはいい。男の顔が平均よりも整っているのも別に問題は無い。
しかしながらその男には、首から下が無かった。
そんな有り得ないモノを目の当たりにすれば、如何にIQ160以上の天才と言われる花宮とて驚くなというのは無理である。
「おや。御目覚めですか、マコト様」
訂正。どうやら首は無いが体はあるらしい。今度は首から上が無い体が視界に入った。しかしそれでも有り得ない光景であることに変わりはない。
なんで名前を知ってるんだとか様付けなんだとかそもそもここどこだとか。
首が無くて上と下がオサラバしてるのに意思の疎通が図れてるらしいその体は一体どうなっているのだろうとか。

切実なものから割とどうでもいいものまで、疑問ばかりが湧く。なんのヒントも無いまま理解しろというのは流石に無理だ。いっそ混乱したまま現実逃避がしたい。
こんな状況でも今吉さんならサトってしまうのだろうか。まさか。いやだがしかし、100%と言い切れないのが怖い。もしこんなんで状況把握できるのなら、そんな人外にはキング・オブ・サトリの名を授けなければ。何それ恐ろしい。それなんて今吉さん。あ、今吉さんだった。
彼の脳も立派に混乱しているようである。

「鯉判!マコト様が御目覚めになったぞ!」
頭だけ宙に浮いたまま180度後ろに向いて声を上げるソレ。
人(?)をこれ以上呼ばれるのは困ると、花宮は手を伸ばす。否、伸ばそうとした。
何故か、腕がひどく動かしづらい。いや腕だけではない、脚もだ。眼に映ったはずの己の腕は、しかし、ふくふくと柔らかそうで大層短かった。手の指は小枝よりも細く、鈍いとはいえ自分の意思に従って動くそれは、記憶との齟齬も相まって奇妙なものに見える。

「うぁぁ?」
はぁっ!?と声を上げたはずなのに、実際に口から出たのは言葉ではなく喃語で。
バタバタと聞こえる足音を余所に、呆然と両の腕を見つめていた。

◆◆◆



どうなってやがる。

なんとか現状を把握して、まず始めに思った言葉だ。

父親と名乗る奇妙な髪型の男に抱き上げられ、母と呼ばれたやたらと若く見える女にあやされ、嫌でも自分が赤子なのだと突き付けられた。

おかしい。
自分は昨日、高校を卒業したはずだ。だらだらといつものメンツで祝った後、きちんと布団に入ったはず。
何も変な事はなかったし、死んだ覚えも無い。

それなのに目覚めたら知らない男女が自分の親だと言い、おまけに双子の弟だと見せられたガキ。
ふざけんなと思ったのは仕方ない。
周りを見れば無駄に広い日本屋敷で、明らかに人外、恐らくは妖怪とか言われる類いのモノが好き勝手そこらを闊歩している。

「よーしマコト、リクオ!親父のとこ行くか」

つらつらと自分の考えに没頭していたのだが、父親とか抜かす男が気色悪くにやけていたかと思うと唐突にそう言って、その腕に抱えられて運ばれる。
触んなと思うもロクな抵抗もできるはずがなく、無駄に背が高い男の腕の中では暴れて万が一落ちたりでもしたら恐ろしい。
仕方なく、仕方なーく、花宮は大人しく抱えられてやることにした。



父親が親父と呼ぶ。つまりは血縁上の祖父であるはずの男の元へ無事辿り着いたのはいいものの、そこでまた、花宮は度肝を抜かれることになる。

………俺、純粋な人間じゃないんだ

正確には四分の一がぬらりひょんという妖怪らしいが、そもそも妖怪というものが存在していることに驚いた上、元は100%人間だったのだ。そのショックはかなりのものである。
ちょっとくらいこの現状から目を逸らしてもいいだろうと、花宮の目が空虚を彷徨った。
いや、よく考えろ俺。この世には今吉さんという人間かどうかすら疑わしい人だっているんだ、常々妖怪だとか疑ってたくらいだ、今更本物が出てきたって今吉さんの胡散臭さが増しただけのこと。大丈夫だ、問題無い。
というか、あの頭、どういう構造してんだろうか。頭蓋骨があんな形してんだったら、脳味噌はどうなってんだ?明らかに他人より容量大きいよな?それが反映されているのか、そこが問題だ。そもそもあの頭の自重、どうやって支えてんの?普通なら絶対重心後ろにいくだろうし、首だけで支えられねーだろ。…いっぺん解剖してみてぇ。

無論、現実逃避である。

なんせあの爺のあの頭、見覚えがあるのだ。二次元→三次元で気付かなかったが、原が読んでいた漫画に似てる。そうなると父親の頭も描かれていた気がするが、白黒の髪だったような。現在父親は黒一色だ。漫画の開始時期までに半分白髪にでもなるんだろうか。


なんて。
しかし当然、そう長く続ける訳にもいかず。
隣りで抱えられている他称:弟があーあー言いながら爺に手を伸ばしているのを見遣る。
俺、ぜってぇあんな真似できねぇわ。そもそもやりたくもない 。被っている猫も拒否するレベル。

ガキのフリは最低限で、どうにか誤魔化そう。花宮は堅く決心した。


---



幸い、離乳食を食べれるくらいには成長していたらしいこの体。
言葉を流暢に話す訓練としっかりと歩く訓練。大嫌いな努力をして俺は頑張った。
集めた情報からして元々一歳は過ぎていたようで、ある程度は既にできていたためガンガン上達したが成長スピードには疑問を持たれなかったようだ。
まぁ最も、妖怪共が時間の感覚の違う人間の赤ん坊の一般的な成長スピードなんざ把握していない可能性の方が高いが。

しかし自分ばかり上達して弟との間に差ができても恐らく面倒な事になるだろう。よって弟もなんとか宥めすかしたりして上達させた。ら、何故か懐かれた。解せぬ。行くとこ行くとこ、ずっと着いて来るんだけど。
あと、どうやらイタズラ好きらしい。一歳半にしてたまに雪女を驚かせて遊んでる。ついでに爺や父親のようになりたいと言うので、そのまま家督を押し付ける気満々だ。つーか何この家。任侠ヤクザの元締めとか。任侠とか。んなもんやってられるか。



◆◆◆



ふらふらと、今日も情報を求めて屋敷を歩き回る。ガキは途中で撒いてきた。
既に花宮が目覚めてから半年ほど経っており、今子供として生きていることが悪い夢であるという淡い期待はもうあっさりと裏切られている。
つい先日、二歳になったと盛大に祝われたのは花宮にとって全く嬉しくない出来事だった。
高い高いされたり頬擦りされたり、自分を抱っこするための壮絶な争いに巻き込まれたり。……あれ、よく考えたらこれ日常だわ。結構頻繁にあるわ。総会の時とか。絡んで来るんじゃねーよ、酔っ払い共!口に出さずに笑顔で猫を被り続けた俺マジ偉い。

閑話休題。
話が逸れた上にこれ以上思い返したくない。


そんなこんなでぶらぶらと縁側を歩いていた時だった。

「ねぇねぇそこのキミ!」

女とも男とも言えない妙に高い声が、花宮を引き止めた。

「…なぁに?」
即座に余所行きの愛らしい笑顔を張り付けて、声のする方へ向く。とんでもない速さとクオリティである。
「ね、ね、あのさ、君が『マコト様』?」
すぐそこの地面に立っていたのは、人形であった。十五センチ程の、何処ぞのヒーロー戦隊に出てくる隊長のような赤色の人形である。それが喋ったのだ。
「うん、そーだよ!僕はマコトっていうの!お人形さんはだぁれ?初めましてだね!!」
にこにこと、父親から『何この子天使!!』と言われたエンジェルスマイルで言葉を返す。ちなみに弟も同じことを言われていた。
それは兎も角、この目の前の妖怪と初対面なのは事実である。最も、大きな奴良組という組織の跡取り候補として知られている可能性は高いので、別に自分の名前を当てられてもなんとも思わない。
だが花宮の興味は別の所にある。
塗仏のように仏像っぽい(擬態している)妖怪はいくらか知っているが、どれもこれも化けるモノが古い。しかし眼前のコイツは、かなり最近の人形だ。だってヒーロー戦隊とか。古いわけがない。九十九神になるには年月が必要であるし、この人形が妖気を持って動いている理由が説明つかない。新種の妖怪だろうか。解剖してみた………ところで何も解らないか。人形だし。つまらん。
急速に興味が失せた。

『ぐっは!何この笑顔マジ天使!!』
目の前の人形が叫んでたこととかどうでもいい。ホントどうでもいいけど、その後の言葉はどうでもよくなかった。


「じゃあさ、じゃあさ、『花宮真』って、知ってる?」

…さて、こいつは何を知っているのか。


「はなみやまこと?お人形さんの名前?僕と一緒だね!僕もね、マコトっていうんだよ!お人形さんは、おじいちゃんとお父さんのお友達?」

「…んー?いやいや、『花宮真』って人を探してんの。あ、俺がここにいること秘密ね。君のおじいちゃんとお父さんとは面識ないかなー。ね、ホントに知らない?」
「知らない人とはお話しちゃいけないんだよ!」
「……あーうん。そっちの知らないじゃあないかなー。どうしよ、木吉と話してる花宮の気分解った気がする…」

「わかったぁ?よかったね!!」
うん、俺もお前が誰だか判った気がするよ。だがな、木吉と俺を一緒にすんじゃねぇよバァカ


「あは、ははは………も、ホント、バラすから!俺原一哉だから!他の奴等もいるし、皆でここ二年くらいずっとお花探してたんだよ!?花宮なんでしょだからその天然装ったはぐらかし方ヤメテくださいお願いします」

可愛いんだけど、話してて疲れる。俺にそんな化かし合いムリだから!

叫ぶ原。
なんかイラっときたから捕獲してみた。
「そーかよ。その通り俺がお探しの花宮真だよ!よくも木吉なんかと一緒にしてくれやがったな?」
むんずっ。ぎゅううっ。
「ちょっ、花宮!ギブギブやめて壊れちゃう!」

一通り原の悲鳴を聞いて気が済んだので、手の力を緩める。

「ったく、それにしてもお前等も来てたのかよ。しかもお前それ何?新種の妖怪?」
「あー、怖かった。そんなこと言ったら花宮だってイレギュラーだよ。ここ、漫画の世界だし。まぁ、だから花宮だって推測できたんだけどね」

「あぁ、知ってる。やっぱりか。受験前だってのにたまに買ってたよな」
「そーそー!よく覚えてたね、花宮!………って、やめて!?そんな恐い目で見ないで!?いいじゃん!その代わり必死で頑張って受かったんだから!まぁ今もう意味無いけど」

「まったくだな。…そろそろ時間切れか?話の続きは部屋でするぞ、来い」
「いやいや、来いも何も花宮が握ってんじゃん………ぐぇっ」




(ところで、父親はいつ半分白髪になるんだ?)
(ブッwフォwwwォwwwwwwwッ)





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