山本 1



――――また、俺から奪うのか。

それは、何年も前の彼の哀哭。

◆◆◆

まだ夜が明けたばかりの薄暗い部屋で、彼は目を覚ました。
静かに着替え、日課のランニングをしに、玄関へと歩みを進める。

「おう、今日も早いな武!」

「…おはよう、親父。ランニング行ってくるな」

十余年経ってもまだ慣れない己の名を呼ぶ『今』の肉親に返事をして、彼は外へ飛び出した。






夢を見た。
既に遠い昔に思える、生まれる前の生の記憶。

タッタッタッ。
自分の荒い息と足音だけが聴覚を満たす。

始め、『俺』は『僕』で。平均身長にも届かないくらいの背丈の、平凡な少年だった。
何の変哲もない毎日を送っていて。そりゃあガキだったし、漫画やアニメみたいな非日常に憧れてた時期もあった。トリップだとか無双だとか、平凡だったからこそ非凡に憧れた。
実際のトリップなんて、そんないいモンでもないのにな。
もしかしたら、よくある展開みたいに身の危険に直面してトリップしたとかだったら、少しは僕の考えも変わっていたのかもしれない。まぁそれはifの話だ。今の現実とはなんら関係のない話。

何も変わらない、少しだけ退屈な『毎日』だったはずなのに、目覚めると『僕』は『俺』になっていた。
『木吉鉄平』。聞いたことのあるその名が『俺』のモノで。
なんで、とか、どうして、とか、ごめんなさい、とか。ワケが分からなくて、本物の『木吉鉄平』の居場所を奪ってしまった気がして、悩んで悩んで、呑み込んで折り合いつけて認めて。全部引っくるめて今の俺が『俺』だからって。
教えてくれたあいつらに柄にもなく心から感謝して、あの世界で生きると決めたのに。

そんな最中に、俺はまた『生まれて』しまった。
家族も仲間も友人も。あの世界で手に入れた繋がりの全て、俺の宝物。
それら全てを失い、まだ生を終えてもいなかったはずなのに、また俺は独り、新しい世界に産み落とされてしまった。


自分以外の誰も彼らを知らない。
もう二度と会えない。
呆然とした。
今の名前は『山本武』で、でも姿は『俺』で。
また成り代わってしまったことよりも、ただ、悲しかった。
姿が前世を思い出させるから、余計に。


俺が大好きだったバスケは今も同じで、けれどそれ以上に彼らとの繋がりを求めて、前世の記憶に浸りたくて、バスケに打ち込むことで『今』から逃げたがってる。
それが、今の俺。

現実味のない、違和感しかないこの世界を直視したくなくて、今日も『山本武』という仮面を被るのだ。



「お帰り、武!」

「おう!ただいま親父!今朝飯準備するな!」



◆◆◆


「おはよー、山本」
「あ、おはよー」
「はよ!なぁ知ってるか?」

クラスに入れば、生徒達の賑やかな声がする。

「はよ、皆!どうした、佐藤?」

「今から体育館で持田先輩とダメツナがなんか決闘するらしいぜ!見に行かね?」

ああ、原作が始まるのか。
まあ『山本武』が俺でバスケ部な上に関わる気は全くないので、いくらかずれが生じることだろう。巻き込まれないようにしなくては。

「んー、悪いけど俺はいいわ。宿題終わってねーし」
「そっか。じゃあ後で結果教えてやるよ!行ってくる」
「おー。待ってるぜー」








とは言っても、中学一年レベルの問題なんて簡単すぎる。五分もせずに終えて暇になった。
きっと今頃、ほとんどの生徒が体育館にいるのだろう。
しん、と静まり返った室内が心地好い。

朝の空気を吸って、彼は目を閉じた。







カツカツと、音が聞こえる。目を閉じて幾ばくも経たないうちに近づいて来るその音は、すぐ近くまで来て立ち止まったようだ。

目を開ける。

教室の入り口、そこに立つ人影と目が合った。


「…ねぇ君。他の生徒は何処にいるの」

低い、苛立ちを含んだ声。
「お?あんた知らないのか?今なんか体育館で決闘やってるらしいぜ。俺は宿題やんの忘れてたから行かなかったけどな!!」

声に含まれる苛立ちに気づかないふりをして、彼はにぱっと笑う。
人好きのする笑顔、警戒心を抱かせない笑顔で。

「…、そう。君はこのままクラスにいなよ。もうすぐ授業が始まるから」
少年が踵を返す。
肩に掛けられた学ランの袖が翻った。



「ああ、そうだ。宿題を朝やっていたことに関しては、特別に不問にしてあげるよ」
視界から消える直面に、そんな声が聞こえた。




「…………ははっ。まさかこっちと会うとはな。…雲雀恭弥、か」


キーンコーンカーンコーン。
鳴り響く鐘の音が、どこか遠くに聞こえた。



◆◆◆


気まぐれに見回りをしようと最近使用している応接室を出ると、不思議なほどに人がいなかった。
微かに声が聞こえるので、校舎にも校庭にもいないならきっと体育館にでも集まっているのだろう。もうすぐ授業も始まるというのに勝手に体育館で群れるなんて、よほど咬み殺されたいらしい。

そんなことを考えながら依然として人気の無い廊下を歩いていると、教室の一つで人影を見つけた。

一年にしては大きな身体で、ただ静かに目を閉じている。
あれはたしか、一年A組の山本武だったか。
入学して一月も経っていないのに、既にバスケ部で他の追随を許さない実力で以ってエースになっていたはずだ。
部下の報告では常に群れの中心にいるムードメーカー的な存在だったはずだが、今彼はなぜ群れから離れているのか。



足音が聞こえたのだろう。別に隠していたわけでもないし、それ自体はどうでもいい。

彼が、ゆっくりと目を開けた。
緩慢な動きでこちらを向く。
ぞわり。
彼の目を見た瞬間、背筋を冷たいモノが伝った気がした。


拒絶、拒絶、拒絶。


光を映すが光を灯さないその目が、僕を見る。否、僕を通して僕ではないナニかを見ている。
たかだか十と少ししか生きていない人間が、こんな目をするだろうか。

ごくり。知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。


「…ねぇ君。他の生徒は何処にいるの」
なんて、分かりきった問いを口にする。
彼のあの目をどうにかしたかったのかもしれない。

効果はあったと言えばあった。
暗いあの目から一転、目の前の少年は、噂に違わない明るい笑みを浮かべて快活に答えをくれる。
それは人好きのしそうな笑みではあるが、一瞬とはいえ先ほどの目を見てしまった今では、その笑みさえ拒絶を感じさせる気がした。


「…、そう。君はこのままクラスにいなよ。もうすぐ授業が始まるから」

そう言って不自然にならない程度の速さど踵を返した。
アレはきっと、肉食動物ではないが草食動物でもない。ただアレは危険だ。逆鱗に触れればそれこそ容赦なく牙を向くだろう。
けれど、ならば関わらなければいい。
校則も守っているようだし、僕と並盛に不利益をもたらさないのならば問題はないのだから。

最後に一つ、風紀委員長としての言葉を投げ掛けてその場を後にした。





憶した訳ではない。
ただ、あんな目はもう見たくない。
あれほどの拒絶と絶望なんて他人に推し測ることはできないし、常人がしていい目でもない。

いつか彼の闇が晴れるといい、なんて。
柄にもないことを心の片隅で思ってしまった。



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現代→木吉→山本成り代わり


・外見木吉鉄平、名前山本武な成り代わり。
・復活の原作知識は未来から帰ってきたところまで。・無冠は仲良し
・続けばそのうち無冠がトリップしてくる予定
・木吉と山本って天然なところが似てるよね。かーらーのこの妄想。
・雲雀って鋭そう。故に主の本心を見抜いた。
・でも雲雀だってまだ子供。故に本能的なところで主の拒絶に怯えると思うの。だから最後の一文。主の闇が晴れることで自分の心の安寧が欲しい。
・鸞は雲雀に夢見すぎてる気がする。因みに花宮にも夢見すぎてる。
・お腹真っ黒にしたかったのになんか違う。




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