参 時は確かに流れゆく
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私の名は秋谷里桜。またの名を無月丸。
私がこの世界に生まれて、約二年が過ぎた。
早くも流暢に話し、動き回り、母さんから読み書きを習った私は、最近では山菜の見分け方を教えてもらっている。
……けして二歳の子供に教える内容ではないと思うんだけど。
え?
何?
時間が経つのが早い?
知らん。
誰も黒歴史をわざわざ話したいとは思わないでしょ?
そういうことだよ。
とりあえず黒歴史云々は置いといて。
私は家と裏にある山しか知らないが、母さんと父さんがいて、幸せに暮らしていた。
もっとも父さんは時々しか帰ってこないけど。
そんなある日のことだったんだ。
「無月丸」
母さんが私を呼ぶ。
「はい、母上」
「あなたに、とっておきの秘密を教えてあげる。」
そう、母さんは言った。
「あなたは賢いけど、まだ小さいからいつか忘れてしまうかもしれないわね。――無月丸。あなたに、もう一つの名前を教えてあげる。」
「もう一つの、名前……?」
「もちろん、『無月丸』もあなたの本当の名前。だけどね、もうひとつ、もしも、もしもあなたが忍になった時に使ってほしい名前があるの。
――『霧隠才蔵』。
お母さんの一族のしきたり。赤い瞳の霧隠の血を引く者が、この名を受け継ぐのよ」
「きり、がくれ、さいぞう……」
『霧隠才蔵』?
って、あの?
本とかにもなっちゃってる有名な忍?
…まじですか。
「そう。霧隠才蔵。何年も前の戦で霧隠の血を引く者は私以外いなくなってしまった。だからお母さんが死んだ後はあなたにこの名を受け継いでほしい。……いいえ、受け継がなくていいわ。ただ、覚えておいてほしいの」
そう言う母さんの目は悲しげで。
「……まあ、忍になんてならない方がいいわ。あなたはあなたがなりたい者になりなさい。」
「…――この話はこれで終わり。ごめんなさいね、少し難しかったかしら?さぁ夕餉にしましょう。」
そう言って母さんは笑った。
何故、母さんは『霧隠才蔵』の名を覚えていてほしいと言ったのか。
何故、今この話をしたのか。
――――今思えば、母さんはこれから起こることをある程度予想していたのかもしれない。