三 客人よ、其は何人なりや
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「…では、あの女子は未来から来たと?」
「話が本当ならね」
鍛錬を一区切りした幸村は、信頼する部下からの報告を聞く。
「しかし、嘘ではなさそうなのだろう?」
「うん、まぁね」
「ふむ。お前達がそう判断するならば、そうなのだろうな」
一つ頷き、幸村は首を捻った。
「しかし、ならば何故、どうやって来たのだろうか」

「それがさ、解んないんだってさ」
佐助が肩をすくめながら飄々と言う。
「……解らない、とは?」
「そのままの意味です。いつの間にか、目が覚めれば此処に寝かされていたと、身に覚えが無いと言っていました」
「そーそ。でも何か隠してるみたいだから更に問い詰めてみれば、自分は一度誰かに殺されたはずなんだ、なんて言って震えてたんだよね」
「その後は話になりませんでしたので切り上げ、ご報告に上がりました」

佐助と才蔵が交互に報告し、幸村はもう一度首を捻る。
「……そうか。ならばどうするべきか…。御館様にお話し申し上げるのは当然として、あの女子の処遇は…」
「怪しいけど、話が本当なら迂闊に放り出せないよね。殺す……はする気ないね、うんわかったから。じゃあやっぱり此処に置いとくしかないんじゃない?」
じっと見つめる幸村に負ける佐助。やはり幸村に甘い。オカンめ。
「やはりそう思うか」
「見張りは必要だけど、見た感じ腕が立つようには見えないし。ね、才蔵」
「嗚呼。指先も筋肉の付き方も、何処ぞの姫のように苦労を知らないモノでした。間者ではそうはいかないでしょう」

佐助と才蔵の見解に一つ頷き。

「ならば彼の御仁を真田が客人として、上田に滞在していただこう」




「じゃあ、才蔵。アレの監視、頼んだから。他の忍の割り当てはある程度弄っていいから、上手く調節しておいてね」

「嗚呼。由利を中心に警戒されにくい奴等を配置する」

「それって才蔵も入るわけ?」

「?まぁ、最初のうちはな」
初めの出会いが詰問であったとはいえ、そこまで手厳しくした訳でもなし、見知った顔があった方が相手の緊張も弛むだろう。

「ふーん。それはいいけど、俺が躑躅ヶ崎館に行く間、旦那があんま甘味食べ過ぎないように見てろよ?あと執務ちゃんとやらせといて。俺が帰ってきても終わってないとか言ったらもう………」

「さっさと行け、オカン」
門の前で終わらない話を続ける佐助をばっさり切り捨てる。

「だから俺様オカンじゃないっ!!」

そう言い捨てて駆けて行く佐助に、才蔵は発言が丸きりオカンだろと内心突っ込んだ。

◆◆◆

「さて、と」
躑躅ヶ崎館へと向かう佐助を見送って、才蔵は踵を返す。

「……由利、海野、…あとは部下から何人か付けるか」
確認のように口に出し、該当者に声を掛けながら忍達に宛てられている屋敷へと足を運んだ。




「そういう訳で、お前達に件の未来人の護衛と監視の任務を課す。通常任務の方は調整しておく。何かあれば俺に言え」

「承知致しました」
「わかったわ」

「では、とりあえず海野と由利。今から顔合わせに行く。着いてこい」
「「御意」」





「白泉様。霧隠才蔵で御座います。入室しても宜しいでしょうか」
襖の外から声を掛ければ、慌てた声が返ってきた。
「は、はいっ!?」
「失礼します」
「ははははいっ!あ、あれ、さっきの…!」

そういえば、自分達のことは何も教えていなかったと思い出す。
「嗚呼、申し遅れました。私は霧隠才蔵と申します。先ほどは少々手荒な態度にて接した事、真に申し訳ございません」

「いえっ!?そ、そんなことないです!未来から来たなんて、私自身だって、同じ立場なら怪しいと思います。むしろ食事までいただいて、感謝するほどです」

その言葉からは彼女の不安の念は感じるものの、恐怖は薄い。心からの感謝も感じる。さっき尋ねた時はあれほど怯えていたというのに。

成る程。これが平和ボkごほんっ……きっと、優しい性格なのだろう。この時代にはあまり適さないが。

「いえ、感謝など。こちらの都合で引き留めているのですから」
「引き留めるなんてそんな!どうせ、行く宛なんて無いんです。ここの常識も何もかも無い私は、本当ならきっと、そのたった一回の食事も出来なかったに違いないんです」
正論だ。確かに、この状況なら問答無用で斬り捨てられたとしても文句は言えないだろう。この少女、頭の回転は悪くないようだ。

「……あの、それで、その………私は、どうなるんでしょうか………?」
少女から感じるのは不安。それもそうだ。むしろこの状況で感じなければ頭を疑う。

「確かに、貴女様の話は全く以て荒唐無稽。しかし我等には、貴女様が嘘を吐いているようには見えませんでした。故に我等が主は、貴女様の話を信じ、この屋敷にて客人としてもてなすと仰せです」

「それって……!」

「この地、甲斐上田に貴女様が留まる限り、身の安全を約束致しましょう」

「………!」
ただでさえ大きな目を更に大きく見開く千穂。


「つきましては、私とこちらにいる二名が白泉様の御側に控える機会が多くなるでしょう。男が海野、女が由利です。他の者についてはまた後ほど」

「万が一見知った者が近くにいない時は、近くの者に我等の名を出せば伝わります。決してお一人で出歩くことのありませんよう」

元は女と謂えども今は男。元は平成の生まれでも、今は武田の忍。諸々の説明は同性である由利に丸投げすることにする。
客人からの信用を得るため由利と海野はそのまま部屋に残し、才蔵は一人、次の仕事へと向かった。


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