二 落ち来たりし者
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――――知らない部屋で、目が覚めた。
今どき珍しい広さの和室。
自分はどうしてここにいるのかと、寝起きの働かない頭で考える。
…………………あぁ。
そうだ、私は、私は………死んだんだ。
そこまで考えてがばりと起き上がった。
「え……!?う、そ、……なんで私生きてるの…?」
体が震える。
怖い。
此処は何処?
なんで私は生きてるの?
そんな時、コンコン。と、柱か何かを叩く音がして、襖が開いた。
いきなりで驚いてそっちを見れば、不思議な服を着た男の人が二人入ってきた。
「目覚めたか」
赤い目の人が話し掛けてきてびくりとする。
「あ、……あの、こ、ここは、何処…ですか」
怖いと思いながら訊ねれば、意外にも応えが返ってきた。
「…此処は甲斐の国、上田城だ」
「甲斐………」
どこかで聞いたことがあるような、ないような。
「お前は何者だ。何が目的で来た」
冷やかな声に、思考が引き戻される。
「あ、えと、えと、白泉千穂って言います…!えと、あの、甲斐って何処ですか?目的って…、」
今度は迷彩柄の人が口を開いた。
「白泉…?聞いたことのない家名だね。甲斐を知らないというのは本気?結構な世間知らずだねー」
見るからに内気そうな少女は偽りの無い困惑を瞳に映していた。
「甲斐ってそんなに有名なんですか…?」
「武田信玄公の治めるこの甲斐の国を知らない、か。どこの者だ」
赤目の男が僅かに語気を強める。

「え、た…、武田、信玄?」

その時、初めて少女は自身の置かれた環境を知った。


◆◆◆


屋根裏の部下に、少女に食事を与えるよう伝えると、この出来事をどう説明すれば良いか考えながら、自分達は主の部屋へと向かう。

「さーいーぞー。どう思う?」
「……長」
才蔵の隣を歩く佐助が、平時の軽い口調で問いかけた。
「…そうだな、嘘は吐いていないように見えたが」
「………まーね、俺様も嘘吐いてるようには見えなかったけどさー。それでも、」
『未来から来ました』なんて、そう簡単に信じられないよねー。
飄々とした声音で言い、小さく笑う。
「…………あぁ、そうだな」
そう言った才蔵の瞼の裏に浮かぶのは、昔の光景。
白泉千穂と名乗った少女と同じ服を纏った人達の姿。
あの服は、『私』の家の近くにあった名門校の制服ではなかったか。
その記憶があるから、彼女の言っていることの信憑性が増す。
だがそれも俺だけの話。
俺は自身が転生なんて現象を体験したから信じられる。
だが普通はまず無理だ。
特に俺達、特に長は疑うのが性分。忍の性。

………いや、このことはもういいか。
決めるのは主である幸村様であり、判断するのは長だ。
俺は意見を言うことがせいぜい。
第一に、優先順位は紛れもなく主でありこの甲斐・上田。
喩え、真に彼女が同郷の者であるとしても、そこまで目をかけるつもりはなかった。
それどころか、お館様と幸村様の覇道に害をもたらすのであれば、躊躇いなく殺すつもりですらあった。


………あの時までは。


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