一 開幕の鐘は鳴らない
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「才蔵ー!!」
とても忍とは思えない騒がしさで屋根の上に登ってくる夕陽色。

「うるさいぞ、(馬鹿)長」
「今何か含んでたよね!?」
「気のせいだ」
夕陽色に応えたのは、真紅。

「それで?何か用か?」
「ああ、そうそ。才蔵、旦那のお使い、一緒来て」
「馬鹿か。一人で行け」
ばっさりと、真紅――才蔵は切り捨てた。

「ひっど!!仮にも俺様上司だからね!?」

「見ての通り、俺は任務中だ」
「どー見てもさぼって寝てるようにしか見えないんだけど」
「ここが俺の担当区域だからな」
「話噛み合ってないし。いーから誰かに任せて行くよ」
「却下だ。なぜ俺が行かなきゃいけない」
「一人で行きたくない」

「俺を巻き込むな。得意の分身でも出して二人で行ってこい、馬鹿長」

「空しいだけでしょ!?てか最早()無いんだけど!駄々もれだから!!」

なんだかんだと騒ぎながらも、佐助に引きずられて才蔵は『お使い』に行くことになってしまった。
お使いと言っても、甘味好きの主のおやつを買うだけ。それも大量に。
それに、甘味の香りがついてしまう。

「(馬鹿)長、俺は忍なんだが」
「俺様もだからね!?」

木々の合間を飛ぶように駆けながら、二人は漫才のような会話を続けていた。


◆◆◆



「ただいま〜、旦那ー。団子買ってきたよ」

「おお佐助!才蔵!早かったでござるな」

「そりゃーねー。旦那が執務さぼってないか心配だったし、団子乾燥しちゃうし」
言っていることがまるきり忍の言うことではない。
佐助は一体どこのオカンだ。
ああ、上田のでしたね。把握。


「さぼってなどおらぬぞ!さぁ早速、佐助と才蔵も某と団子を食そうぞ!」
「え、俺様達も?」
「無論だ」
幸村は相変わらず、忍を忍扱いしない人だ。

「…ま、一応執務も終わったみたいだしねー」

二人は軽く苦笑しながらも、おとなしく側に腰かける。
自分達の主はこういう人だと、既に諦めているからだ。
暫し、和やかな時間が流れていく。


◆◆◆


買ってきた団子もそろそろ無くなり、八つ時も終わる頃、ふと忍二人が空を見上げた。

「どうしたのだ?佐助、才蔵」

「いやー、なんかねー、」
「…何か、降ってきます」

「ってワケ。どうする、旦那?」

才蔵は空を見上げたまま、佐助は幸村の方を向いて指示を待った。

「何が降ってきているか判るか?」


「………人、のようです」


空を凝視していた才蔵が、目を見開いて言葉を溢した。


「ますます怪しいねー、旦那」

話している間にもそれはどんどんと近づいてくる。
そして漸く、幸村の目でも認識できるようになった。

「奇怪な衣を纏っておるようだな」
「恐らく女ですね。意識が無いようです」

幸村は寸瞬考え、言った。


「受け止めてやれ」


それは、命令。

「いいの?旦那」
刺客かもしれないよ?
そう、暗に佐助は言いたいのだ。

「構わぬ。その時はお主らが助けてくれるのだろう?」
「…はいはい、了解ってね」
佐助は諦めたように両手を軽く上げた。


「――どっち行く?」

「俺が行こう」

「ん」

才蔵が軽やかに立ち上がった。


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