玖 黒刃
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―――伊賀の鬼と恐れられる伊賀の頭領が、餓鬼を庇って刺されに来た。
馬鹿な奴だと思った。
無慈悲で冷酷。目的のためならば他の全てを犠牲にすることも疎わない。そんな男が、たった一人の餓鬼を庇って死ぬなど。
風魔の長たるこの自分でさえも、倒せるかなど判らなかった。
………まぁ良い。
全ては過ぎたこと。
これで依頼を完遂できよう。
任務に出ている他の者が戻る前に撤退しなければ。
他の部下が集まってくる。
鬼が庇った餓鬼と言えば、自分を庇った鬼を抱き抱えて固まっていた。
部下が集まり終わるのを待ちながら餓鬼を見る。
言葉にもならない声を漏らし、壊れかけているようだ。
…このまま壊してしまえば、風魔の忍として洗脳できるかもしれない。
この齢にして、この才能。
やはり殺すには惜しい。
全員が集まったところで、餓鬼の処置について話す。
その時、不意に、ぶつぶつと呟いていた餓鬼が、ぐるんと、何処かおかしな動きでこちらを向いた。
そう。まるで、昔見た、外つ国の絡繰人形のような………。
「っ」
その目は紅く、どこまでも得体の知れない闇が蠢いていた。
餓鬼の呟く声が大きくなる。
やばい。やばい。これは。この目は。早く、ここから全員逃げっ」
「―――――――――っ!!」
餓鬼の、声にならない叫びと共に、自分の胸、いや、体の至るところを、黒い槍が貫いた。
◆◆◆
――――頭痛が消えて、体の痛みが消えた。
視界の黒が消えて、見えたのは、血。
四人の男が、体の至るところに大穴を空けて死んでいる。
何故だろうか。ぴくり。腕の中で何かが動いた気がした。
「…―師匠っ!!」
そうだ。男共などどうでもいい。
「師匠!?師匠っ!!」
血を流し続ける師匠を呼ぶ。
いつの間にか、自分の周りを黒いもやが漂っていた。
「師匠!!」
だがそれもどうでもよく、気休めにしかならない応急措置を施す。
ふわり、ふわり、ゆらゆらと、風の流れとは全く関係なくもやが動く。
それは、止血しても尚血が止まらない師匠の傷口に触れ、するりと体内へ入り込む。
不可思議なその現象のせいか、緊張が解けつつあるせいか、体がひどく怠くなってゆく。
何故かそれで良いのだと思えたのだから、きっと理由は前者なのだろう。
「……っ…」
ふるり。見つめ続けた先で、瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「師匠っ」