捌 交刃
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かわして、弾いて、受け流して、斬りかかる。
察知した忍はやはり敵。
自分の方が腕は立つようだが、いかんせん二対一。分が悪い。

二本の忍刀を両手に、無月丸は二人の忍を相手にしていた。


「………ふっ」

正面から向かってきた刀を避け、できた僅かな隙に背後へと回り込み、手にした一方の忍刀を突き刺す。
手応えを感じる間も無く自分の背後から横に振られた刃を上に跳ぶことで避け、目の前の背中を蹴りつつ背後の忍の頭上を飛び、更に後ろへ。
避ける際に片方の刀は手放してしまったが仕方がないか。

蹴った反動で倒れた忍は動かない。
どうやら倒せたらしい。

一対一になり、漸く、ほんの僅かに余裕ができた。
油断などをするわけではないが、状況を確認するために周囲に目を走らせる。

……大分移動してしまっている。


これ以上師匠に近付けるわけにはいかないな。
そう、改めて確認したところで、更に三人、忍が近づいてくるのを感じた。

「……っち…」

最悪。
さっさと目の前の忍を倒してしまわなければ。


◆◆◆


どれだけ時間が経っただろうか。


ひどく長くも短くも感じる。
あれから更に二人を殺し、残るは二人。

ギィンッ…!

降り下ろした刀が弾かれる。
その衝撃に逆らわず後ろに跳べば、すかさず別の忍の刃が降ってきた。
それを少しばかり無理な体勢から強引に身を捻って避け、脇をすり抜けると同時に切りつけて、その場から距離を取る。

忍務帰りからの連戦に加えて疲労。
体格の違い。
分が悪いにも程がある。

十にもならない子供の筋力では、どれだけ速度をつけたとしても大人には勝てない。

あちらの刃は重いし、自分の攻撃は弾かれる。
大体、守りは性に合わない。


だが、それでも。
師匠は未だ戦っているのだ。邪魔などはさせない。


背後からの攻撃を振り向きながら受け流し、懐に入って腹を切り裂いた。
受け流しきれなかった刃は右肩に突き刺さったが、これで残りは一。

勘の命ずるままに痛みを無視して横に跳べば、先程までいた場所に苦無が突き刺さる。
自分の肩に刺さったままの刀を抜いて、二本の刀を交差させ降り下ろされた刃を受けるも、受け止めきれず、後ろに飛ばされた。
刀を抜いた右肩からは血が吹き出し、体が痛みに悲鳴を上げる。

「…あっ……ぐっ……っ」
「無月丸!!」


かなり近づいていたのか、かなり吹っ飛ばされたのか。

自分の名を呼ぶ師匠の声が聞こえる。
軋む体を無理矢理動かし、俯せの状態で頭を持ち上げる。

霞む視界を見開けば、自分に止めを刺そうとする忍の姿を漸く確認できた。


死ぬ、のか?


百地に培われた感情の中に、死への恐怖は無い。
目を閉じることなく自分を貫くはずの刃をじっと見つめた。

しかし、降り下ろされた刃は自分の頭上三寸も無いところで不意に止まり、目の前の忍が突如燃え上がった。


「貴様……婆娑羅者だったか」
「あんたも持ってんだろ?……四代目風魔」

この炎は百地の婆娑羅らしい。
婆娑羅を実際に見るのは初めてだ。
師匠が婆娑羅者だということも知らなかった。

「やはり気づいていたか」

婆娑羅を隠す必要の無くなった二人の間で炎が燃え上がり、風が渦を巻く。
それを、自分は見ていることしかできなかった。

自分の目でははっきりと捉えられないほどの速さで彼らは立ち回る。
瞬きの間に何合も打ち合う音が聞こえ、火花が散った。

ぱたりと、時折地に染みを作るあの血は、果たしてどちらのものなのか。


「っ」

その戦いを無月丸は食い入るように見詰めていたが、不意に本能が警告を鳴らす。
考えるよりも疾く、俯せの状態から横に転がり、痛みを無視して体勢を整えた。

「ほう…」

先程まで自分が伏せっていた所に刀が突き刺さっている。

「よくかわしたな。面白い。年はうちの『赤髪』と同じくらいか…。残念だ。殺すには惜しい…がな」

独り言のように呟いて、風魔の頭領は再び無月丸へと刃を振り上げる。
それを後ろに下がって避けようとするが、傷だらけの体は思考に追い付かない。
ふらりと一歩下がり、無月丸は体の均衡を崩すだけだった。


刀が降り下ろされる。

冷たい銀の刃が、血に塗れてぬらりと照るのが判った。

視界の脇で何かが動いて、視界が黒く塗り潰される。

ドッ……。と、鈍い音がした。

よく知った、肉を切り裂く鈍い音。



痛みは無い。………痛みは、無、い……?



ずるりと、黒が動く。

晴れた視界に映ったのは、自分を抱えたまま崩れ落ちる、師の姿だった。


「………ぇ………?」

「ほう、面白い。先程老いぼれ共を殺した時には何の反応も示さなかったというのに、子供一人を身を呈して庇うか。無慈悲な『鬼』の所業には似つかわしくないな」


「…ぅ………ぁ………?」

自分に力無く凭れる百地。
その温もりと、血の感触。
目の奥が痛い。頭が割れそうだ。

男が未だ何かを喋っているが、その声も聞こえない。

近づいてくる忍びの気配が三つほど。だが感知しただけ。
考えることすらも億劫になる。


嗚呼、痛い。何故?なぜ?……な、ぜ?嗚呼、そうだ。師匠。師匠が……、自分を、庇っ、た?あぁ、また、また、また。力になれなかった。自分が、俺が、私が。己のせいで……………。


ぷつり。
目の痛みが最高潮になり、視界が途絶える。
ぷつり。
何かがきれるような音がした気がした。


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