漆 異変
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無月丸は、その外見ゆえに恐れられているが、その腕は生半可な忍びよりも余程良い。
その為に未だ十にも成らぬ齢で彼は忍務を請け負うのだ。
今日も受けた忍務を無事完遂し、帰路に着く。
日はとうに峠を越した。
里に着く頃には暗くなり始めているだろう。
走る。走る。駆ける。駆ける。
木々の上をひょいひょいと、まるで翔ぶように駆けてゆく。
ふと、風向きが変わった。
横から吹いていた風が、向かい風となる。
「!」
向かい風。
つまりは里の方角から吹いてくる風であり、それは今、唯人には判らないだろうが確かに血の匂いを纏っていた。
「………師匠っ」
今日は確か里に多くの忍務が入っており、皆出払っているはずだ。
里に残るのは女子供と長、数人の忍達のみと聞いている。
嫌な予感と共に、無月丸は速度を上げた。
◆◆◆
里へ近づく程に濃くなる血の匂い。
嫌な予感が無月丸の頭を巡り、体温が冷えていく。
漸く、濃密な血の匂いと共に姿を見せた里は、赫く染まっていた。
予想以上の惨劇に一瞬目を見張るが、既に事切れた者などどうしようも無ければ、見た目だけで自分を鬼子と恐れ、罵り、傷を負わせようとしてきた奴等を助ける気は無かった。
自分が案ずるのは一人だけ。
耳を澄ませれば、幾つかの方向から耳に馴染んだ、暗器のぶつかり合う音がする。
「……っ!?お前は……っ!」
小さく聞こえた声の方向へ、無月丸は駆け出した。
「……師匠………っ!」
切り捨てられた覆面と、額から血を流す忍と、師匠。
先程の声は、覆面を切った際に出たようだ。
おそらく、あの忍は恐ろしく腕が立つ。
そして、今の自分ではあれに勝つことはできない。
それは予想ではなく、確信。
己の忍としての勘が、本能が、そう告げる。
ぎりぎり様子が見える距離で、無月丸はそれを感じた。
………。
里の西から二人、忍が近づいてくる。おそらくは敵。
ならば、自分は、あれらを排除しよう。
師匠の足手まといになるよりは余程良い。
迎え討とうと、無月丸は気配を消してその場から離れた。